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  • 「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第10話/全66話(予定)

     京都大学アメフト部を離れる2000年まで、森清之が知る日本アメフト界のカルチャーは京大アメフト部のそれだけだった。だからこそ貴重だったのが、さまざまなチームからさまざまな選手たちが集まる日本代表でのコーチングスタッフとしての経験だ。森は01年から鹿島ディアーズのヘッドコーチを務めるかたわら、03年の夏は「世界選手権」に出場する日本代表のオフェンスコーディネーターを任された。  国際ア …
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  • 「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第9話/全66話(予定)

     1997年夏にNFLヨーロッパから日本に戻った森清之は、年内の残り3カ月だけ、アサヒビール株式会社がスポンサードするアメフトのクラブチーム、シルバースターでコーチを務める。当時のアサヒビール代表取締役会長で京都大学アメフト部の後援会会長でもあった樋口廣太郎に、京大アメフト部監督の水野彌一経由でコーチ就任を要請されたのだ。  森は1998年から京大アメフト部に復帰すると、続く99年も水野監督 …
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  • 「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第8話/全66話(予定)

     京都大学アメフト部の専任コーチを、森清之は、23歳からのおよそ10年間務めている。コーチとしての経験不足を、森が自覚できたのは、自分自身で経験を積んでからだった。 「30歳になるか、ならないかくらいまでは、指導スキルも知識も足りず、情熱だけが取り柄でした」  当時は練習中に熱くなり、選手と取っ組み合いになることすら、ざらにあった。 「時代がそういう時代でしたよね。たとえ選手のほうから …
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  • 「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第7話/全66話(予定)

    「お前、コーチやらんか?」  京都大学アメフト部の監督を長きに渡って務める水野彌一にそう言われて、森清之は二つ返事でギャングスターズの専任コーチとなる。1989年の夏だった。  そこから遡ること5年と少し前に、森が京大アメフト部に入部したのは、いわゆる体育会系とは明らかに一線を画するギャングスターズのカルチャーに強く興味を惹かれたからだ。独特のそのカルチャーは、打倒関学(関西学院大学 …
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  • 「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第6話/全66話(予定)

     1988年、森清之は京都大学の5年生になる。アメフトに打ち込みすぎて4年では卒業できず、留年を余儀なくされていたのだ。入部から5年目となったギャングスターズではコーチに就任し、後輩たちをサポートする側へと回る。  瞬く間に時は過ぎてゆき、大学での5年目を終えて京大を卒業する日が近づいてきた。人生の節目を前にして森は決めていた。アメフトはもう十分やり切った。大学を卒業するこのタイミ …
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  • 「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第5話/全66話(予定)

     京大に入学した森清之がアメフト部に入部したもうひとつの理由は、そこが関西だったからだ。 「当時、大学スポーツの花形は、東京六大学野球を別格とすると、漠然とした印象ではラグビーでした。国立競技場が満杯になったラグビーの早明戦をテレビで観たりしていましたからね。だから、関西の大学スポーツではアメフトがいちばんメジャーだと、京大に入るまでまったく知らなかった。関西ローカルですけど試 …
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  • 「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第4話/全66話(予定)

     森清之がその試合を観たのは、大学受験のために浪人中の1984年1月3日のことだった。少し息抜きでもするかとテレビの電源を入れ、チャンネルを変えていると、NHKでアメフトの試合が中継されている。当時の森は、地上波で放映されていたNFLのスーパーボウルをなんとなく観たことはあったが、アメフトのルールはごく初歩的なものだけを、かろうじて知っている程度だった。  森はへぇと思った。京都大学が社 …
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  • 「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第3話/全66話(予定)

     腹を括りウォリアーズの監督を引き受けると決めた三沢英生は、間髪容れず理念作りに取りかかる。大学は高等教育機関であり、優れた人材を育成する場所だ。東大で大学4年間アメフトに打ち込み、至難の日本一を目指すのは、その先に真の目的があるからであり、全員でその目的を共有できる理念を必要としていた。  理念作りに加わったウォリアーズのOBに、新監督の三沢(1995年度卒)を補佐するディレクター …
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  • 「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第2話/全66話(予定)

     東大大学院修了後の三沢英生は、外資系金融機関でがむしゃらに働いた。短期間でより多く稼がなければならなかったのは、家庭の事情で借金返済の必要に迫られていたからだ。アメフトとの関わりは、時折ウォリアーズの後輩たちの試合を観戦したり、懐に余裕ができてからは部活動の運営費の足しにと寄付するようになったり、複数の大学のアメフト部出身者で作った「金融アメフトの会」でわいわい親睦を深めたり …
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  • 「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第1話/全66話(予定)

     東京大学アメリカンフットボール部の新監督に、三沢英生が就任したのは2017年1月のことだった。三沢は東大に入学した1992年にアメフト部の一員となり、大学院時代にはコーチも務めたれっきとした部のOBではあるが、いずれ監督に就任するとは誰も想像していなかった。当の三沢自身も、だ。  1998年に東大大学院を卒業した三沢は、外資系金融機関のゴールドマン・サックス証券会社に就職する。ゴールドマン …
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