試合後のスチューデントアシスタントは、目が回るほど忙しい。とくにコーディネーターの平賀慎之介と有馬真人は、次の対戦校とどう戦うか、2日後に再開される練習までに方針を固め、進行台本のスクリプトを用意しておかなければならない。
まずは次の対戦校の直近の試合映像を分析し、戦い方の傾向を掴むためのデータをアップデートする。それを踏まえて、ゲームプランを立てていく。試合が日曜日で、火曜日に練習再開なら、本来オフの月曜日は半分徹夜になる。
次の試合まで、2週間足らず――。
ディフェンスコーディネーターの有馬は練習再開後、立てたゲームプランを前提としながら、次の対戦校に効果的だと踏んだ守りを、ディフェンスの選手たちに“インストール”していく。
<カモるなら、この攻撃だ>
有馬は、リスクを取る場面でのディフェンスのパッケージも絞り込んでおく。それはインターセプトによって攻撃権を瞬時に奪えるパッケージであったり、相手のファンブルを誘発させうるパッケージであったりする。失敗した場合のリスクは高いが、カモにできた時のリターンは大きい。どうやって思惑通りの展開に持ち込むか、練習を通して、そのイメージを選手たちと共有していく。
<2週間しかないから、面白い>
有馬は知的遊戯を楽しむかのように、睡眠不足などまったく厭わず、準備を進める。イメージ自体は着実にチームに浸透していくが、試合でイメージ通りになる頻度は決して高くない。だから、コーディネーターには臨機応変な判断が求められる。
事前に伝えておく方針には、相手の得点圏であるレッドゾーン(自陣20ヤードからゴールラインまでのゾーン)での守り方も含まれる。今シーズンの初戦、東海大学戦の立ち上がりに自陣14ヤード地点で攻撃権を奪われた場面では、有馬は自分の直感に従い、事前に伝えていたレッドゾーンでは慎重に守るという方針を捨てて、ボールをもぎ取りにいくコールを出し、ピンチ脱出に繋げている。
オフェンスコーディネーターの平賀も、自分が描いているイメージを、練習を通して選手たちの実際のプレーとすり合わせていく。共有すべきひとつは、次の対戦校にもっとも効きそうな“当たりの絵”が狙い通りに的中した時、しっかりゲイン(前進)できるイメージだ。それがどのような展開なのか、練習で実際に動きを入れて、しっかり目を慣らしておく。
逆に、相手に作戦が読まれてしまった時、インターセプトやファンブルによってターンオーバーされるという、最悪の事態に陥らないためのイメージも共有しておく。危機脱出の予行演習は、実際にそうなった時に冷静さを保つためにも、おろそかにはできない。
アメフトのオフェンスには、前のプレーが終わってから40秒以内に(計時が止まった時は審判の試合再開の合図から25秒以内に)、センターがボールをスナップして、次のプレーを始めなければならない決まりがある。オフェンスコーディネーターが次の作戦の選択に使える時間は、ほんの10秒ほどしかない。
事前の準備が、やはり重要だ。
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4戦全勝同士の対戦となった5節の横浜国立大学戦は、TOP8自動昇格に向けての最初の大きな関門となる。通常の年であればBIG8で1位になっても、チャレンジマッチという名の入れ替え戦に勝てなければ、TOP8には昇格できない。ところがこの年は、日本大学が不祥事で資格停止となったまま自動降格するため、BIG8で優勝すればTOP8に自動昇格できるのだ。優勝争いは東大、横国大、同じく4戦全勝の桜美林大学、さらには3勝1敗の国士舘大学までの4チームに絞られていた。
11月4日の横国大戦は、どちらも得点を伸ばせないロースコアゲームとなる。失点を先に喫したのは東大で、第1クオーター終盤の攻撃中にクオーターバックがファンブルしたボールを相手に奪われ、そのままタッチダウンを許してしまう。
ヘッドコーチの森は、このまま自滅してしまいかねないことを、よく知っていた。大事な試合の立ち上がりに、大きなミスでリードを許してしまった時の、典型的なパターンだからだ。動揺しすぎて、浮き足立ち、力を出し切れずに試合を終えてしまう。
しかし、三沢英生が新監督に就任し、森をヘッドコーチに迎えた新体制1年目の2017年と、2年目の2018年には大きな違いがいくつもあった。そのひとつが、森自身の変化だった。
1年目の森はどちらかと言えば、練習中に口やかましいほうで、なんやかんやと大声を飛ばしていた。そんなヘッドコーチの2年目の変化に気づいたのは、ほぼ毎週末、練習に顔を出していた監督の三沢だった。
「森さん、これ、前にも言いましたっけ?」
言ったような気がしながらも、三沢は続けた。
「大きな声を出している量が、今年はたぶん1年目の10分の1ぐらいに減りましたよね」
変化のひとつの理由は、学生やコーチたちが森の考えを、あるいは森というヘッドコーチを理解してきたからだろう。言われなくても、わかるようになってきた。それで一から十まで言う必要がなくなった。
森にしてみれば心配で、あれやこれや、つい大声を出していた。学生たちが森をよくわかっていなかったように、森のほうも学生がよくわからなかったのだ。
例えば試合当日になっても、学生たちから緊張感が伝わってこない。のほほんとしているようにも見える。
<こいつら本当に勝つ気があるのかな?>
京都大学でアメフト部の選手だった頃の森が、あの頃どうだったか記憶を辿ってみても、やはり歯を見せている余裕などひとかけらもなかった。それこそ“殺るか、殺られるか”の試合が、始まろうとしているのだ。最高のテンションで、最高の集中力で臨まなければ、殺られてしまう。しかし、ウォリアーズの学生に、そこまでの緊迫感はない。森の疑念はさらに深まった。
<そもそもアメフトへの思い入れが、どれぐらいあるのだろうか?>
森のそうした疑心暗鬼は、試合を重ねるごとに、薄れていった。なんとなくではあったが、わかってきたからだ。人には見せないようにしているだけで、心の中では恐怖や不安と必死に戦っている。試合に至るまでの準備も、まだレベルが低いなりに、よくやっている。むしろ時間効率や生産性に話を限れば、昔よりもはるかに高い。
「奥底にある芯の部分、根っこの部分は、昔とそんなに変わっていません。1年目の終わり頃、すごくそう感じました」
疑いの目をまったく向けなくなったわけではない。ただし、2年目は、森自身がこらえられるようになっていた。こいつら大丈夫かなぁと思っても、いや大丈夫だと思い直す。まだ弱くて、レベルも低くても、本気ではあるのだからと。
横国大戦のウォリアーズは、第3クオーターと第4クオーターのタッチダウンで、試合を14-7と引っくり返してみせた。さらにラストワンプレーでフィールドゴールを決めて、17ー7の勝利を収めた。
「あの立ち上がりから、よく我慢して戦えました」
森はそう言って、学生たちを讃えている。自滅がありえたのは、それまでの4試合を比較的思い通りの展開で、さほど苦労せず勝ちつづけていたからでもあった。
「それでも落ち着いて、いつも通りのプレーを重ねて、逆転できましたから。楽な勝利が4つ続いたあとに、こういう試合ができたのは、すごく良かった。褒められる内容だったと思います」
TOP8昇格まで、あと1勝。桜美林大との全勝対決が、2週間後に迫っていた。
※文中敬称略。