「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第43話/全66話(予定)

 平賀慎之介がアメフトにのめり込むようになったのは高校生の頃、深夜に放送していたNFLの試合を、定期的に観るようになってからだ。

 父親の仕事の関係で、平賀は4歳から10歳までをアメリカで過ごしている。しかし、学校が終わった放課後にタッチフットで遊ぶぐらいで、アメフトの熱心なファンだったわけではない。日本に帰国すると野球を始めて、中高は野球部に所属した。

 テレビで観ていたNFLでニューイングランド・ペイトリオッツのファンになったのは、平賀自身がアメリカの東海岸に暮らしていたこともあり、ボストン郊外のフォックスボロを本拠地とするこのチームに親しみを抱いたのと、その強さに惹かれたからでもあった。

 高校時代の同級生にアメフトの観戦仲間がいて、そのひとりの根岸才が現役で東大に合格し、ウォリアーズのアナライジングスタッフ(現在のスチューデントアシスタント)となっていた。1浪している間に根岸からいろいろ話は聞いており、平賀は東大に合格すると他の部活と迷いはしたが、ウォリアーズに入部した。選手になるという選択肢も検討した上で、自分に向いているのはアナライジングスタッフだろうと判断した。高校の文化祭で経験した、全体を俯瞰して、全体をまとめる役割の面白さが、大学でも味わえるのではないかと思えたからだ。

 平賀がウォリアーズの一員となってからまだ間もない2015年の春には、ゴールデンウィーク明けの国士舘大学戦で東大が3ヤードからのフィールドゴールを阻止し、絶体絶命のピンチを切り抜けるという奇跡的な場面に遭遇している。当時2年生の川原田美雪が退部寸前で踏み止まったのは、最後まで諦めないそのプレーに勇気をもらったからだった。

 一か八かのその作戦を立てたのが、当時の4年でアナライジングスタッフ長だった若宮真平だ。平賀は入部早々、若宮の作戦を通して、大切なことを教わった。アナライジングスタッフはフィールドには立たないが、勝利に貢献することもできる。その時に味わった高揚感が、平賀を支えつづけてきた。

 大きな転機は3年生になる時に訪れた。同期の有馬がディフェンスコーディネーターに抜擢されたのだ。2年までディフェンスを担当していた平賀ではなく、オフェンスを担当していた有馬が、だ。先を越されたその悔しさを平賀はバネにした。

 3年になった平賀は、オフェンスを担当するようになる。当時のオフェンスコーディネーター高木万海は社会人コーチだったので、高木が不在の平日は練習やミーティングの運営に平賀も積極的に関わった。

 4年になった2018年には、商社に勤めている高木の海外赴任が決まり、後任のオフェンスコーディネーターに平賀が指名された。学生がコーディネーターを任されるのは、夢のような話であり、平賀は驚いた。驚きは喜びになり、喜びは不安になった。

<本当に僕でいいのかな……>

 森がヘッドコーチになって2年目の2018年は、是が非でもTOP8に昇格しなければならない。平賀が感じていたのは責任の重さだった。森はこう言っていた。

――選手は足し算、スタッフとコーチは掛け算だ。

 戦力を足して100になったとする。コーチの働き次第で、それは50に半減してしまいかねない。ただ、その逆もある。

<つまり100を200にも、うまくやれば300にもできるってことだよな。責任は重いけど、掛け算にできるところがコーディネーターの醍醐味かもしれない>

 平賀には別の思いもあった。頭脳を駆使する戦略や作戦こそが、東大の強みであるはずだ。オフェンスコーディネーターに指名された瞬間の驚きは、喜びや不安から、さらに変化した。オフェンス部門の責任者としての使命感に、平賀は駆り立てられるようになっていた。

 2018年の春のオープン戦は、海外赴任前の高木にサポートしてもらいながら、平賀もオフェンスの作戦をコールした。ディフェンスコーディネーターの有馬とは、頻繁に情報を交換した。有馬との違いは、試合を見る場所だ。

 平賀が試合を見るのは、スタンドの上のほうからだ。

<対戦相手のディフェンスを俯瞰しながら、どうだましてやろうか。平賀のことだから、緻密に考えているんだろう>

 有馬はそんなふうに想像する。試合中のオフェンスコーディネーターは、なぜ前進できなかったのか、なぜ止まってしまったのか、短時間で理由を見つけ出す必要がある。相手のディフェンスがどう動いていたか、上から俯瞰したほうが把握しやすいのは確かだ。

 一方の有馬はサイドラインから、フィールドレベルで試合を見る。味方のディフェンスがどう動くか、有馬は全部わかっているので、誰がしくじったか、上から見なくてもパッとわかるのだ。それに選手の表情を見ておきたいし、雰囲気も感じていたい。次の作戦がうまくいくか、察しておきたいのもあって、有馬は下にいる。

 ――――◇――――◇――――◇――――

 有馬と平賀がどちらも学生だということを、森はほぼ意識していない。教育のための部活動だから、あえて学生にコーディネーターを任せている、というわけではなく、話はもっと単純だと、森は言う。

「実際にコーディネーターが務まる力を持っているからですし、その役割が務まる人の中で、僕を含めても、彼らがベストだからです」

 それはそうだろう。勝負にとことんこだわり、徹底的に勝利を求めるからこそ、勝利以上に大切なものが見えてくると、森は信じているからだ。

「軍隊だと指揮官に相当するのがコーディネーターです。その役割に不向きな指揮官を持たされた兵士たちは、悲劇を演じるしかないわけです」

 2017年から有馬がディフェンスコーディネーターになることは、森がヘッドコーチに就任する前から高木が決めていた。最終的に承認し、決定したのは森だったが、まだ就任早々で、誰にどんな力があるのか、わかっていなかった。

「やりながら不適任だと判断すれば、代えていたと思います。それがたとえシーズン中であろうとね」

※文中敬称略。

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Written by

株式会社EDIMASS 
手嶋 真彦Masahiko TEJIMA

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