「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第41話/全66話(予定)

 秋の公式戦は2週に1試合のペースで進む。全部で7試合を戦うが(入れ替え戦に進出できれば計8試合)、対戦校はすべて異なるので、7試合それぞれの対策を事前に練っておかなければならない。最初の試合が近づけば、その試合に特化した対策を、選手たちに“インストール”していく。その先は2週間単位で「特化した対策のインストール→試合」というサイクルを繰り返す。

 対戦相手の分析は試合の映像を頼りに、前年の公式戦までさかのぼり、スチューデントアシスタントが手分けして攻守の傾向を探り出す。春になればその年のオープン戦の情報を加えていき、前年からの変化があれば、変化の理由(4年生が抜けるなどして選手が入れ替わったから、作戦を立てるコーディネーターが変わったから、など)まで掘り下げる。

 対戦相手が、手の内を隠している可能性もある。東大との試合まで取っておくために、作戦を伏せているかもしれない。

 オフェンスとディフェンスそれぞれのコーディネーターが作戦を立てる際に前提とするのは、対戦相手の作戦にどのような傾向があり、どのような変化が生じているかだ。さらに東大と対戦相手の戦力も照らし合わせ、どう攻めるか、どう守るか、アイデアを徐々に煮詰めていく。

 森がなるべく口出ししないようにしているのは、試合ごとのゲームプランの策定でも同じだ。その試合の戦略の大枠だけを、森が決める。

「ノーガードの撃ち合いに持ち込もうとか、ロースコアの展開に持ち込もうとか、そういうざっくりとした大枠だけです。試合の最初に勝負をかけようとか、いやいや第4クオーター勝負にしようとか」

 そうした大枠にもとづく攻守のシナリオは、2人のコーディネーターがそれぞれ用意する。森は対戦相手の映像を一緒に確認しながら、相手の強みにどう対処し、相手の弱みをどう突くか、さらには能力が高い相手の選手をどう封じるか、コーディネーターたちの相談に乗る。

「コーディネーターのほうから、新しい作戦をやってみたいと、提案してくることもあります。アメリカの大学だったり、NFLのチームだったりが使っていた作戦を、アレンジして、どこかで使えませんかと」

 森は相談には乗るが、どの作戦をどう使うかの判断はコーディネーターにほぼ任せる。オフェンスコーディネーターは、相手のディフェンスをどうだまし、どう前進し、どう得点するか、ディフェンスコーディネーターは、相手のオフェンスをどう封じ、どうやって攻撃権を奪うか、いわばシナリオを考えておく。

 だますための布石をどこでどう打つか、だまされた場合にどう対応するか、理想のストーリーから、ワーストシナリオに至るまで、コーディネーターが用意する。一つひとつの細部に意味があり、狙いがあるので、たとえ森でも安易に口を挟めば混乱を招きうる。だから、これは良さそうだというアイデアを森がひらめいても、無理強いすることはない。

「絶対にこれだけはやってほしいと僕から要請するのは、せいぜい1シーズンに一度か二度ぐらいのものですね」

 試合中の作戦をコール(選択)するのは、攻撃時はオフェンスコーディネーター、守備時はディフェンスコーディネーターだ(フィールド上の選手には、乱数表示やジェスチャーなどの暗号で伝達する)。森が判断するのは、攻撃権を放棄してパントキックを蹴る、パントは蹴らずにギャンブルする、フィールドゴールを狙うといった、勝負を決定的に左右する選択にほぼ限られる。

「紙の上でどれだけいい作戦に見えたとしても、コーディネーターが自信を持てないままなら、そのコールはたいていうまくいきません。うまくいくコールには、コーディネーターがいいイメージを持っていますし、使いどころもはっきりしています。あの作戦をここで使いたいと、フィールド上の選手たちが思う、どんぴしゃりのタイミングで入ってくるコールだから、うまくいくわけです」

 いい準備とは――と、森は定義する。

 そのコールがもっとも効果的な場面のイメージを、コーディネーターと選手が練習ですり合わせ、試合当日までに共有できている準備に他ならない、と。

「コーチ陣を含めた全員が、同じ絵をイメージできるようになるまで、試合までの2週間、練習やミーティングをできていたか、です」

 攻撃のコールは、野球の“配球”に似ているという。球種(パスかラン)とコース(中央攻撃、フィールドの右側を使う攻撃、左側を使う攻撃)を使い分け、いかに打者(守備)の裏をかいていくか――。

 アメフトのコールは、より複雑だ。コールごとに、フィールド上の11人それぞれの“アラインメント”と“アサインメント”が変化する。

 アラインメントは配置で、アサインメントは任務であり役割だ。それぞれ配置されたスタートポジションから正しくアクションを起こし、割り振られた責任を果たさなければならない(場合によっては、相手のフォーメーションを見て、自分のスタートポジション=アラインメント=を瞬時に前後左右に調整するアジャストも必要になってくる)。

 配置と役割を組み合わせたものが作戦だ。オフェンスコーディネーターは、相手がどう守ってくるか予想し、攻撃のどの作戦をどのように使って前進し、得点するか、ストーリーを組み立てる。どこで相手の裏をかき、だますか、その伏線を張っておく。

「理想は、相手には複雑に見えるけど、自分たちにはシンプルという“配球”です。ただし、シンプルすぎると、相手は的を絞りやすくなりますから、この矛盾をどう乗り越えて、両立させるか。“配球”の難しさは、そこに尽きると思います」(森)

 守備にも作戦がある。自らアクションを起こすのが攻撃で、その攻撃にリアクションするのが守備なので、守備の作戦はフィールドに立つ11人がどう対応するかをパッケージにしたものだ。ディフェンスコーディネーターは実際に試合で使うパッケージをいくつか用意し、事前の分析や実際に使われている攻撃から、相手が次に繰り出す作戦を逐一予想しては、対応しやすい守備のパッケージをコールする。

 基本のパッケージはリスクを分散しているので、パスにもランにも対応しやすくなっている。しかし、ここで絶対に相手の前進を止めておきたい、攻撃権を取り返したいと強く思う場面では、一か八かの博打(ばくち)も打つ。博打となるコールが外れてしまった時、相手にロングゲイン(長い距離の前進)からのタッチダウンを許すというような大惨事を避けるための練習も、事前にしておかなければならない。

 試合で使う作戦が多すぎると、想定外の事態に陥った時の対応が、ねずみ算式に増えていく。その悪影響は、とうてい無視できるものではない。森は言う。

「フットボールでいちばん大事なのは、スピードだと思います。なにも駆けっこのスピードだけではなくて、判断の速さだとか、切り返しの速さだとか、敏捷性だったり、反応だったり、いろいろ合わさったプレースピードです。ところが変に頭を使いすぎると、思い切り動けなくなって、プレースピードを落としてしまいかねません」

 作戦が多すぎると、一つひとつの完成度や精度も不十分になりかねない。だからこそ、とくに成長途上のチームでは、なおさらシンプル・イズ・ベストだと森は考える。

 秋の本番に向けて、こうした頭脳戦も、すでに繰り広げられていた。

※文中敬称略。

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Written by

株式会社EDIMASS 
手嶋 真彦Masahiko TEJIMA

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