6月下旬に春のオープン戦が終わると、3週間ほどの試験休みを挟み、練習再開後は秋の公式戦に向けての準備が本格化していく。2018年秋のウォリアーズの初戦は9月8日に予定されている。
準備にも順序がある。まずは基本的な戦い方を確立しておかなければならない。対戦相手がどこであろうと、今年の東大はこういうオフェンスをしていく、こういうディフェンスをしていく、こういうキッキングをしていくという、根底にある戦い方だ。
戦略の大枠は、ヘッドコーチの森清之が決める。重要な基準となるのが、司令塔のクオーターバックをはじめとするその年の人材だ。
パスの上手いクオーターバックがいて、優れたレシーバーを複数擁していれば、森は、パスを多めに使おう、そのためにこういうフォーメーションを中心にしようと、学生たちに伝える。
優れたランニングバックが多ければ、ランプレーに磨きをかけていこう、フォーメーションはこっちを中心にしようといった、いずれにしてもざっくりとした方向性だけを提示する。
森が掲げたその方針を軸として、選手、コーチ、スチューデントアシスタントに、それぞれの立場で具体的な作戦を考えてもらう。各所から出てきた意見を集約し、最終的に攻撃の作戦を選択するのがオフェンスコーディネーターの、守備の作戦を選択するのがディフェンスコーディネーターの役割だ。
森はよほどのことがない限り、作戦の選択には口出ししない。例外的に口を挟むのは、怪我のリスクが高すぎる作戦や、その年のチームに明らかに不向きな作戦を採用しようとしている時ぐらいのものだ。本当はこうするのがベストだろう、こうしたほうがベターだろう。そう思うことはちょくちょくあっても、森はたいてい黙っている。
「いちいち口出しすると、それが正解になってしまいますからね。そうなれば、次からは僕の顔色を窺うようになってしまいます。だから内心“んー”と思う意見が出てきても、やってもらいます。それに“いやあ、どうかな?”と思っていた作戦が、意外に良かったりもしますから。アメフトはそこが面白いし、難しいところでもあります」
試行錯誤の段階で森がまず黙っているのは、仕事をしながらプレーする社会人と比べると、大学生には時間の余裕があるからだ。本郷キャンパス内の建物の2階にあるウォリアーズの部室から、窓越しに大きな木が見えるいつもの席で、森は話を続ける。
「時間はあるんですから、トライ&エラーしていったらいいんですよ。実際やってみて、この作戦、やっぱり良くなさそうだとか、こうしたほうが良さそうだとか、大小いろんな場面で回り道することにはなります。でも、もっと長い目で、半年とか、1年とか、2年というスパンで見たら、遠回りしといたほうがいいんです」
学生たちの成長に繋がるそうしたトライ&エラーに、森は助言者として深く関わっていく。森からの助言を踏まえた修正は、学生たちへのフィードバックとなり、次のトライ&エラーに活かされる。
「僕の反応を想像すること、すべてが悪いわけではないんです。ヘッドコーチならどう考えるだろうと、多少は想像してほしいので。ただ、僕が尺度になってしまうのは絶対に良くないですから、必要最低限の大枠だけを示すようにしています」
戦略の大枠を森が決めるのは、大きな責任が伴うからでもある。
「ウォリアーズのコーチ陣はまだ若いですし、学生たちも経験が少ないですから、大枠を決めろとゆだねられても、なかなか難しいでしょう。そもそも大枠を決めなければならない段階だと、まだ不確定要素が多すぎて、立てた戦略通りにいくとは限りません。明らかに勝てる確率の高い戦略がはっきりしていれば、迷わずそちらに進めます。でも、可能性の高い戦略が複数あれば、決定する人の好みで決めることもありますから」
大枠を決める際、コーチや学生に意見を聞くことはある。
「良い意見を採用するためというよりは、どう考えているかを知っておきたい、という意味合いのほうが強いです」
戦略の大枠を左右する、対戦相手の“値踏み”も難しい。秋の本番を迎えた時点で、彼我の力関係がどう変化しているか、未来をより的確に予想するには経験が必要だ。
「経験がないと、対戦相手を考慮に入れず、自分のやりたい作戦や、自信のある作戦がすべてになってしまいかねません。実際、かつての僕自身がそうでした」
経験不足ゆえの視野狭窄は、攻守の作戦を決めるコーディネーターもまた陥りうる。
「限られた引き出しの中では、悪くない作戦なのかもしれません。でも、視野を広げてみると、もっといい作戦があるものなんです。そういう時は、あえて提案することもありますね。こっちの作戦に、チャレンジしてみたら? って」
※文中敬称略。