「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第39話/全66話(予定)

 栄養士の田中初紀は定期的に、2週間に一度は、川西絢子たちと会って話をするようにしていた。ウォリアーズの選手たちを、いちばん近くで毎日見ているのが、川西をパート長とする学生トレーナーたちだからだ。

「最近、あいつ、あんまり食べてなさそうです」

「別のこいつは、体重がちょっと増えすぎている気がします」

 選手の身になり、伴走している学生トレーナーたちの話は、栄養士の田中にもとても貴重だ。

「たぶん前より、走れなくなっていると思います」

「プレーの質そのものを、落としているかもしれません」

 ならば、どうするか――。田中は学生トレーナーたちから寄せられた情報を活かし、改善のための手を打っていく。パフォーマンスを上げるために、食事を変える。

 アメリカンフットボールの選手にとって、食事がどれだけ重要か。

 正直言えば――と、パフォーマンスコーチの酒井啓介は、少しかしこまった表情で打ち明ける。

「トレーニングは、むしろ一回マイナスの、疲労のほうに入りますからね。身体はマイナスから回復して大きくなるわけです。回復に必要なのが食事ですし、睡眠や休養です。だから毎年、新入生が入ってきたら、伝えるようにしています。トレーニングより、そっちのほうが大事だよって」

 酒井が指摘する「大事なそっち」、すなわちニュートリションを担当しているのが栄養士の田中である。選手が摂取する栄養を、フィジカルの強化やパフォーマンスの向上に繋げていくためには、睡眠や休息などリカバリーにも気を配らなければならない。あるいはリカバリーの能力自体を高めていくためにも、栄養の取り方に注意する。

 栄養がきちんと取れてリカバリーもしっかりできていれば、厳しい練習のマイナスをプラスに変えられる。フィジカルを強化し、パフォーマンスを向上させていくためには厳しい練習が必要で、厳しい練習を繰り返していくためには、適切なリカバリーと十分の栄養が必要だ。

 栄養士の田中は東京農業大学を卒業した2017年の春からウォリアーズに関わるようになり、1年目は全選手の食事調査にも携わった。

 食事調査は、個々の選手が3日間に食べたすべてのものを撮影し、記録に残すところから始まる。栄養士は撮影された飲食物を分析し、カロリーや栄養素の過不足、バランスの良し悪しなど、食生活にまつわる課題を指摘するだけでなく、改善に向けた助言もする。栄養士がただアドバイスするだけでなく、選手自身に何ができるか自覚させるのも食事調査の目的だ。

 ウォリアーズに関わりだして2年目の2018年は、田中がメインのニュートリション担当を任されていた。食事調査は上級生と新入部員の1年生でやり方を変え、調査自体の頻度も増やした。川西たち学生トレーナーとは、2週間に一度のペースで情報交換のミーティングを続けただけでなく、何かあれば即座にLINEやSLACK(スラック)などのコミュニケーションツールを用いて連絡を取り合うようにした。例えば練習で怪我人が出てしまったら、学生トレーナーから症状を聞き、食事やリカバリーについての助言をする。

<そうか、体重を増量するって、難しいのか>

 田中は、ウォリアーズの選手たちと日常的に接するようになってから、そんな発見をしていた。自分に課した1日で食べなければならない量のノルマが多く、食事自体が苦行のようになっている学生もいた。

 いくら食べても体重がほとんど増えない選手もいれば、そもそも食が細い選手も東大のアメフト部には少なくない。田中は自分自身に、意識して体重を増やした経験がなかったので、手探りで効果的な増量法を見つけていくしかなかった。栄養士になるために身につけた知識だけでは通用しない、選手ごとの個別の対応が求められる。

 食が細い選手には、最終的には本人に頑張ってもらうしかないのだが、どう頑張るかの助言であれば田中にもできる。助言する場合は、普段の食生活がどうなっているのか、選手本人を捕まえてヒアリングする。

 一度の食事でたくさん食べることができない選手は、回数を増やすしかない。毎日、通学、授業、部活動、帰宅の前後に6食、7食を食べるのは、食事の時間を確保するだけでも大変だ。夜中の3時に最後の食事をしている選手がいたら、田中は次のように助言する。

「ねえねえ、明日から早起きしてさ、朝ご飯を6時に食べてみようか。それで1日の最後に食べる夜食は、せめて日付が変わる0時までに食べ終えよう」

 田中は言いっぱなしにはせず、その選手がどんな日程で生活しているか確かめ、食事のスケジュールを日々の予定の間を縫うようにして組み立てもする。

「田中さん、俺、夜中に揚げ物を食ってみたら、次の朝、体重が増えていたんです」

 いくら体重を増やすためとはいえ、そうした無茶な食べ方をしている選手には、食事がもたらすデメリットも知ってもらう。寝る前に揚げ物を胃に入れると、内臓が疲れてしまうし、疲労からの回復も遅れてしまうので、田中はこう返す。

「どうせ揚げ物を食べるなら、朝にしようか」

 体重が順調に増えていたとしても、良くない増え方の場合もある。例えば体脂肪率ばかり上がって、筋量がまったく増えていない部員がいれば、パフォーマンスコーチの酒井やヘッドトレーナーの西田成美と連絡を取り合う。そのやり取りを通して、怪我の影響でトレーニングが十分できていないとわかれば、食事をコントロールして、脂肪が増えすぎないようにする。

 選手本人へのヒアリングを蓄積すればするほど、そして酒井や西田、学生トレーナーと連携すればするほど、食が細い選手であれば各自に効果的な対策を、体重が増えにくい選手であればその理由と対策を、田中は少しずつ掴めるようになっていた。

<やっぱり食事だけ、見てちゃ、だめだ>

 実際、部員からの質問は、栄養に関することだけではない。

「最近、寝付きが悪いんです」

 そう訴えられたら、田中は栄養士なので、まず食事に原因があるのではないかと疑ってみる。しかし、悩める学生たちの愁訴の原因が、すべて食事だけにあるわけではない。メンタルがフィジカルに及ぼしている影響も、フィジカルがメンタルに及ぼしている影響も考慮に入れなければならない。田中もまた、毎日が勉強だった。

 部員からの相談で多いのは、食費についてだ。

「もちろんアメフトをやっているので、食べなきゃいけないのはわかっています。でも、僕はまだ学生なので……」

 困っている学生に付き添い、手頃な値段で手に入る食材を一緒に探したこともある。

 頻繁に開くことになったのが、プチ講習会だ。受講者は1回10人ほどの少人数制にしたものの、なにしろウォリアーズは部員が多い。田中はテーマを「運動前後の補食に何を食べたらいいか」「水分はどう補給するか」「外食で何を食べるか」「コンビニで買うなら」「自炊するなら」など8つに分けた。「体重をどう増量していくか」は、そのうちのひとつだ。講習会の後半には、質疑応答の時間も設ける。

 いつの間にか、部員同士の質疑応答になっていることもある。ある部員が同じパートの別の部員に質問して、その回答に、なるほどといった表情で頷いていたりする。

 試しに始めてみた取り組みだったが、田中は手応えを感じていた。部員たちが真剣に情報を共有しようとしている様子は、微笑ましいものでもあった。田中はそんな部員たちを見守りながら、こう思う。

<食事って、やっぱり意識付けなんだよね>

 意識が変われば、食べるものも、食べ方も変わる。

<みんな自分自身でいいものを選んで、食べていけるように、なってほしいなぁ>

※文中敬称略。

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Written by

株式会社EDIMASS 
手嶋 真彦Masahiko TEJIMA

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