「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第37話/全66話(予定)

 4年生の学生トレーナー川西絢子が、ウォリアーズに入部したのは2015年の春だった。1年生の間は、頭に叩き込んでおかなければならない、身体の構造から、筋肉などの機能、そして怪我についてのあれこれまで必要な知識を獲得しながら、そうした知識を、先輩のトレーナーがテーピングを巻いたり、リハビリを補助したりする姿を見て、使える知恵として自分の中に落とし込んでいった。やらなければならないことが多すぎて、1年目はそこまでで手一杯だった。

 川西は高校生まで、アメフトとはまったく無縁の人生を送ってきたので、そもそもそれがどんな競技で、ポジションごとの役割にどんな違いがあり、それぞれ練習内容がどう違っているか、といったところから学ばなければならなかった。

 やがて、わかってきた。

 学生トレーナーは選手との向き合い方が、他のスタッフとは違っていると。マネージャーやスチューデントアシスタントは、選手との関係が「1対多」になりがちだ。視線の向け方も「1対全体」、「1対オフェンス」、「1対ディフェンス」、「1対各ポジション」などとなってくる。

 一方の学生トレーナーは、選手との「1対1」の関係にこだわらなければならない。その違いがわかっていたからこそ、川西は3年生になった2017年の春、新入部員を勧誘するための文章にこう綴っていたのだ。

トレーナーで大切なのは「向き合う」ことだ。

選手の身体の状態や動きに。些細な変化に。彼らの気持ちと本音に。

 では、実際どう向き合うか――。その「向き合い方」が、川西の中で劇的に変化していくのは、経験豊富なプロトレーナーの楢原星一がパートタイムでアメフト部の面倒を見てくれるようになった、川西自身は3年生になっていた2017年の夏からだ。

 ウォリアーズに「コンディショニングアドバイザー」として迎えられた楢原の言動を通して、川西は目から鱗が落ちる経験をたびたびしていく。片やプロトレーナー、片や学生トレーナーなので、当然と言えば当然だが、ふたりの視野の広さは明らかに違っていた。

 楢原によく尋ねられたのは、川西が担当している、怪我をした選手の中高時代のスポーツ歴だ。サッカー部の出身だとわかれば、楢原は次に利き足を聞いてくる。野球部の出身なら、ポジションや利き腕だ。楢原は過去に焦点をずらしていきながら、そうした質問を重ねると、やがて得心した顔になり、例えばこんなふうに診断してみせるのだ。

――野球部で右投げのピッチャーだったから、ピッチングの動作でここが硬くなって、こっちが動かしにくくなっているんだな。

 その診断を踏まえ、怪我からの回復に繋がるような、あるいは戦線復帰までの時間を短縮できるような的確な処方を浮かび上がらせる。

 川西は何度も驚いた。ある選手の足の不調の原因を探っていた楢原が、度数の合っていない眼鏡を普段かけているせいだと突き止めたこともある。選手の手足を触っていて、ここ、打撲したことがない? などと、小中時代の負傷を言い当てもした。

 楢原から学ぶようになるまでの川西は、怪我をした選手の故障歴は気にしても、過去のスポーツ歴までは考慮に入れていなかった。向き合うことが大切なのはわかっていたが、目の前にいる「怪我をして、練習に参加できずにいる選手」にひたすら向き合っていただけだった。

 ところが楢原は、怪我をした選手の性格を踏まえ、その時の心情も探りながら、一人ひとり向き合い方を変えている。性格はマイペースか、周囲に合わせがちか。几帳面か、大雑把か。内向的か、外向的か。リハビリへの取り組み方は前向きか、悩みをどこかに抱えていないか、回復を焦っているのではないか――。

 できるだけ正確に心身の状態を把握するために、楢原は質問の仕方にも気を使っていた。他の部員が大勢いる場所であっても、ざっくばらんな選手もいるし、聞くタイミングや聞き方に注意しないと、言葉を飲み込んでしまう選手もいる。

トレーナーで大切なのは「向き合う」ことだ。

選手の身体の状態や動きに。些細な変化に。彼らの気持ちと本音に。

荒くて大雑把な自分の短所に。実力の足りない自分の不甲斐なさに。

 荒くて、大雑把――。自分自身をそう自覚していた川西は、楢原が怪我をした選手の性格や家族構成までおもんぱかりながら、その選手が話しやすい環境を作ろうと努めている向き合い方を見て、はっとした。

<この緻密さこそ、私に足りていなかったものではないか>

 ヘッドトレーナーの西田成美も、楢原の影響を少なからず受けていたひとりだ。

「やっぱり人って、いろんな骨格があって、一人ひとり違っているから、パターンにはめられないケースがたくさんあります。それに楢原さんが醸し出している、あの安心感です。フランクに話せる環境をすごく作っているので、初対面の選手でも最初からいろいろ話せるんです」

 新4年生になる頃、川西はこう思うようになっていた。私も、もっとちゃんと向き合いたい。楢原さんのように、選手一人ひとりとしっかり向き合えるトレーナーになりたい。

※文中敬称略。

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Written by

株式会社EDIMASS 
手嶋 真彦Masahiko TEJIMA

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