小笹和洋が新体制のウォリアーズに関わりはじめたのは、監督の三沢英生が常務取締役を務めていた、そして2017年からフルパッケージでウォリアーズをサポートするようになっていた株式会社ドーム(アメリカの大手スポーツメーカー「アンダーアーマー」の日本総代理店)に、小笹が入社した2017年の秋からだ。かつて自分もプレーしていた東大アメフト部に、小笹は2017年シーズンの途中から関わることになったので、しばらくは活動の様子を近くから見守るだけだった。
黙って様子を見ているうちに、小笹は違和感を抑えられなくなっていく。ためしに学生たちと話をしてみても、首を傾げざるをえなかった。ドームという企業がなんでもやってくれると言わんばかりの、いかにも受け身の言動が目につくようになっていたからだ。
東大アメフト部が学生だけで――あるいは学生とサンデーコーチだけで――日本一を目指すといっても、おのずと限界がある。三沢はもちろん、小笹も、それはよくわかっている。それぞれウォリアーズの選手時代に、学生主体が方向を誤ればどんな事態に陥るか、身をもって経験しているからだ。その時になめた苦汁は、体内のどこかで拭えない染みのようになり、強烈な悔恨となったまま、三沢と小笹、それぞれの記憶に残りつづけている。
そういう過去もあり、森清之をフルタイムのヘッドコーチとして招聘した三沢の決断を、小笹は大英断と受け取っていた。目標として掲げる日本一から逆算しても、森の招聘を含めた大変革は、絶対に必要だと確信してもいた。
ただ、ドームという一般企業がどう関わるべきかについて、小笹はウォリアーズOBのひとりとして曲げのようのない持論を持っていた。フルパッケージのサポートをしてもらえるのは、それがサポートの域に留まっているのであれば、非常にありがたい。しかし、サポートの域を逸脱し、企業主体となっているところが少しでもあるのなら、それは違う。
アメフトの現場には森がいてくれるので、企業主体とはなりえない。しかし、スタッフ部門のとくにマーケティングの領域に関しては、わからない。小笹のその懸念は、2017年の年末を迎える頃、大きく膨らんでいた。
実際、2017年秋のBIG8で、ウォリアーズを応援する観客席の一部にあらぬ誤解が広がっていたのも、三沢が株式会社ドームの常務取締役であるという事実に、いくつもの尾ひれがついていたからだ。ちなみに、ウォリアーズのディレクターとアシスタントディレクターの関根恒と那須歩も、ドーム社の社員だ。
では、ドームという企業の利益のために、三沢は監督になったのか。
断じて、違う。
小笹にも、それはよくわかっていた。三沢の根底にあるのが、監督就任時の所信表明に綴っている通り、ただひたすら「良くしたい」という純粋な思いだということも。
「本当にその通りだと思います」
ウォリアーズのディレクター、関根は何度も頷きながら、話をこう続ける。
「情熱が本当にすごいですからね。監督としての三沢を近くで見てきたので、それはよくわかります。根本にあるのは、ウォリアーズへの深い愛なのでしょう」
三沢が「良くしたい」と思っているのは、ウォリアーズだけではない。
「日本の大学の環境を良くすることで、日本や世界の未来を担う学生たちが、日本の大学でより成長できるようになってほしいと、三沢は本気で思っているわけです。実際、日米の大学の実態を両方知っていたら、自分の子供には可能であればアメリカの大学に行かせたい、という話にもなってしまいますから」(関根)
法人代表理事の好本一郎は、少し違った角度から感心していた。見当違いな批判や罵声をあれだけ浴びていたというのに、三沢はウォリアーズのOBOG全員を――たとえOBOGでなくても、ウォリアーズのために尽力してくれる全員を――「大切な仲間だ」と公言してはばからないからだ。
「あれだけ“口撃”されていたのに、心底からそう思っているんですから、三沢ってヤツはすごいですよ。そういう純なヤツなんです」
2017年の年の瀬のある日、小笹は自分の懸念を三沢に伝えた。意を決して、身構えて、進言したわけではない。何かの会話中、ふとした拍子に、自然な流れで伝えていた。三沢は、なるほどね、そうだよね、と相槌を打ちながら、小笹の懸念をすぐに理解した。
このような経緯があり、それで誕生したのが、学生のマーケティングスタッフだ。ウォリアーズのマーケティング活動を、現役の学生が主体となって展開していくためには、それ専用の人員を学生スタッフの中から募らなければならない。小笹のその考えに、もともとそうした部隊の発足を構想していた三沢は、当然ながら賛同した。
年が明けて2018年1月を迎えると、小笹は東大の本郷キャンパスに毎週のように通い、OBという立場でウォリアーズのマネージャーたちと話をした。
――ドーム社はありがたいことに、これだけサポートしてくれている。だけど、いくらそういうサポートがあったとしても、その企業に頼りっきりになるのではなく、自分たちで道を切り拓いていくのが、大学の部活動というものではないか。
そのような話をした相手がマネージャーだったのは、それまでマーケティングに関わるウォリアーズの活動は、彼女たちが受け持っていたからだ。今後は片手間ではなく、誰かをマーケティングに専念させて、もっと外を向いたほうがいいのではないかと、小笹は自分の考えをマネージャーたちに伝えた。
「わかりやすい比較対象は、中高の部活動です。基本的には内向きで、試合のために部員がひたすら練習するだけですよね。これに対してプロ野球やJリーグは外向きで、一般の人々の関心を集めて、応援されるようになればお金も集まるようになって、強くなっていくわけです。ウォリアーズの現在地は中高の部活動に近いよね。日本一を目指すなら、もっと外向きにシフトしていくべきじゃないのかな。学生たちに私が提案したのは、そういう話です」
※文中敬称略。肩書きはすべて当時のもの。