2018年5月上旬から急速に広がった日大問題の波紋がようやく消えかける頃、好本一郎が中心となって煮詰めてきたウォリアーズ支援のための法人設立構想は、具体的な仕組みとして可視化できるようになっていた。
誤解してはならないのが、ウォリアーズそのものを法人化するわけではないということだ。一般財団法人の東京大学運動会に所属しているアメリカンフットボール部を、別の法人組織として独立させるわけではない。東大アメフト部という任意団体とはまた別に、その活動を支援する一般社団法人を、好本たちは新たに設立しようとしていた。
「東大ウォリアーズクラブ」と名付けたその一般社団法人と、東大アメフト部の関係は次のようになる。まず東大アメフト部が活動の支援を「東大ウォリアーズクラブ」という法人に委托する。委托を受けた「東大ウォリアーズクラブ」が、東大アメフト部の活動をサポートする。すなわち委託・受託という関係だ。
サポートには大きくふたつの軸がある。ひとつはアメフト部の活動資金の調達だ。もうひとつがガバナンスの強化で、大きな特長はそこにある。
ガバナンスは統治と訳せるが、監督が好き放題できないように、その任命権を法人に持たせ、睨みを利かせる。不適任なら、法人代議員会の決議で解任できるようにした。不適切な行為――アメフト部の運営資金を私的な用途で使い込んだり、悪しき勝利至上主義をふりかざすなどして部員の安全を脅かしたり、など――が認められれば、解任できる。三沢英生も、もちろん例外ではない。
企業に当てはめると、不正や背任を働いた社長を取締役会の決議によって解任できるようなものだ。所定の手続きを踏みさえすれば、代議員会は監督を首にできる。ガバナンスが効いているとは、つまりそういうことである。
法人の代議員会は「OBOG会」代表の14名に、「ファミリークラブ」代表の2名と「ファンクラブ」代表の1名を合わせた、計17名の代議員で構成される。ファミリークラブは部員の家族の集まりで、ファンクラブは文字通りファンの集まりだ。代議員の数ではファミリークラブとファンクラブを合わせても17分の3というマイノリティだが、OBOG会とはまた違った視点を代議員会に取り込める意味は小さくない。
例えば試合会場の応援席で、もしかするとOBOGは勝利だけを求めるかもしれないが、家族は安全第一を願うだろう。部員と顔なじみのファンであれば、明日への活力をもらえるだけで十分満足かもしれない。
ファミリークラブとファンクラブが議決権を持てば、見込めるのは“民意”の多様化だ。極端な想定をすると、あるOBがウォリアーズを私物化するべくOBOG会の票を取りまとめようとしても、親やファンが目を光らせている。ガバナンスが効いているとは、すなわちそういうことでもあるわけだ。
法人による支援の大きな軸となる活動資金の調達を、従来より容易にするためにも法人格は必要だ。想定している収入源は寄付金やスポンサーからの協賛金であり、企業と協賛契約を結ぶ際は、誰が契約主体となるかが問題となる。
任意団体にすぎないウォリアーズは法人格を持たないので、代表者の例えば三沢が契約主体とならざるをえず、その場合は協賛金が三沢の個人口座に振り込まれることになる。協賛する企業のに立場になって考えると、協賛金が何のためにどう使われるのか、不透明きわまりない。
その点、支援団体の「東大ウォリアーズクラブ」が法人格を備えていれば、企業からの協賛金は「東大ウォリアーズクラブ」の口座に振り込まれ、きちんとした会計監査を経た会計報告も可能になる。
法人設立のメリットが可視化できる「戦略ループ」を、好本たちは図式化している。ループの出発点となるのは「ガバナンス向上」だ。その先は「ガバナンス向上」→「信用力向上」→「支援マインド向上」→「資金力向上」→「チーム力向上」と繋がっていく。
大きなポイントは信用力の向上にある。法人設立によって信用力が高まれば寄付金や協賛金が増え、資金力が高まればチーム力は確実に向上するに違いない。好本や、OBOG会の重鎮で好本に支援体制の仕組み作りを依頼した藤森義明がそう見込んでいるのは、三沢・森清之体制への揺るぎない信頼を前提としているからに他ならない。
戦略ループは「チーム力向上」を起点として、さらに循環する。「チーム力向上」→「支援マインド向上」→「資金力向上」→「チーム力向上」という循環だ。ウォリアーズが強くなれば、もっと応援したくなり、もっと資金も集まり、もっと強くなる。
見方を変えると、ウォリアーズの課題が、この戦略ループから浮かび上がる。チーム力を向上させるためには、資金力を向上させなければならない。資金力を向上させるためには、企業などの支援マインドを向上させなければならない。支援マインドを向上させるためには、信用力を向上させなければならない。信用力を向上させるためには、ガバナンスを向上させなければならない。ガバナンスを向上させるためには――。ベターなその選択肢が法人の新規設立だったのだ。
理想を言えば、大学が各運動部の活動を正規の教育プログラムと認め、専門の担当部署を作り、その専門の担当部署を通してガバナンスを効かせながら(つまり大学が監督やヘッドコーチの任命権等を握りながら)各運動部の活動資金を工面できたほうがいい。実際にアメリカの大学には、そういう仕組みができている(専門の担当部署が「アスレチックデパートメント」だ)。
2018年7月2日に「一般社団法人東大ウォリアーズクラブ」設立記念パーティーを催した好本や三沢たちが、この法人をあくまでも暫定的で過渡的な支援組織と位置づけているのは、アメリカの大学と同じような運動部の正規教育プログラム化と専門部署の設置を前途に見据えているからだ。
ウォリアーズをスポンサードする協賛企業のメリットは、大きくふたつある。
東大の学生を直接リクルートできるのがひとつ。ウォリアーズの部員などを対象とする就職説明会を開催すれば、その企業の魅力を東大生に直にアピールできる。
もうひとつは、ウォリアーズOBOG会の1000名を超えるネットワークだ。OBOGには、富士フィルム株式会社代表取締役会長・CEOの古森重隆(1963年度卒)、東京大学第28代総長で三菱総合研究所理事長の小宮山宏(1966年度卒)、日本オラクル株式会社取締役会長の藤森義明(1974年度卒)をはじめ、好本のような傑出したプロ経営者、大企業のエグゼクティブ、さらには気鋭のアントレプレナーなどがひしめき、その多士済々がウォリアーズという母体で繋がっている。
このネットワークがどれだけ大きな無形の価値を持っているか、言うまでもないだろう。ファミリークラブやファンクラブのネットワークも繋ぎ合わせれば、価値はさらに大きくなる。
一般社団法人東大ウォリアーズクラブの代表理事は好本が引き受け、理事には三沢とやはりウォリアーズのOBである小笹和洋のふたりが就いた。2000年度卒の小笹は「マーケティング・リクルーティングコーチ」という肩書きで、2018年に入ってからウォリアーズの学生スタッフたちの面倒を見るようになっていた。
好本と同じく、小笹もまた強力な三沢の援軍となっていく。三沢が2017年の反省を踏まえ、18年に軌道修正を施すきっかけとなったのは、小笹が呈した疑問であり異論でもあった。
※文中敬称略。肩書きはすべて2018年当時のもの。