「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第28話/全66話(予定)

 三沢英生が手術のために入院していた頃、ウォリアーズの面々は新入部員の勧誘に焦点を合わせていた。リクルーティングが東大のひとつの生命線となる理由は、スポーツ推薦も付属高もないからであり、最難関の受験を突破した合格者の中から人材を集めなければならないからだ。

 その宿命は昔から――三沢が監督になる前から――変わらない。しかし、学生たちの意識は変わっていた。彼らの意識を変えるために優先順位を明確にしたのが、ヘッドコーチの森清之だ。ゴールデンウィークぐらいまでは、練習はサボっても構わない。でも、勧誘だけは絶対にサボるな。森は学生たちにそう伝えていた。

 勧誘の重要性は学生たちも重々承知しており、実際に熱心なのを森も知っていた。ただ、聞き捨てならない話を小耳に挟んでもいた。勧誘される側の新入生の都合はいいのに、勧誘する側の部員に練習があり、その繰り返しで、まだじっくり話ができていないという。勧誘を後回しにする部員たちの言動に滲んでいるのは、チーム単位で集まる練習を勧誘のために休むのはよくないという、ある種の罪悪感のようだった。

「いやいや、そこは、よく考えろ」

 森はそう言って、一石を投じていた。

 たしかにアメフトには、1人だけではできない練習がある。各自のプレーを組織的に連動させるべくタイミングや距離を合わせていく、いわゆる「合わせ」と呼ばれるチーム単位やユニット単位の練習だ。もちろん合わせは大事だが、1年というより長いスパンで考えれば、その時にしかできないことがある。森は言う。

「新入部員の勧誘を効率的にできるのは4月までか、せいぜい5月くらいまでです。そのタイミングを逃してしまうと、同じエネルギーを注いでもリターンが少なくなってしまいます。その点、4月に練習があまりできていなくても、後で取り返せるわけです」

 当然ながら、新入生を勧誘しているのはアメフト部だけではない。東大の他の部活動との競合も避けては通れない。

「それぞれのスポーツに、それぞれの良さがあるわけです。他の部活に入ってしまった学生を、後から横取りするわけにはいきませんからね」

 そもそも東大のアメフト部に入部してくる学生は、どのスポーツをやるかは決めず、運動部には入ろうと決めていたタイプのほうが多いようだ。

「いろんな部活動を見て、いろんな先輩と話をしてから決めるので、勧誘次第です。アメフトにも興味はあったのに、他の運動部に行ってしまう場合も多いですから」

 それに春の段階では、合わせと呼ばれる練習の優先順位は高くない。

「この時期は、個々でフィジカルを鍛えたり、ファンダメンタルのスキルを身につけたりするほうが大事で、コンビネーションを合わせるチーム練習はまだあんまり重視していません。ところが勧誘は、この時期を逃してしまえば、取り返しがつかなくなります。どちらを優先すべきか、明らかです。その優先順位を明確にしたということです」

 もちろん優先順位をつけたというだけで、練習もしておかなければならない。

「どれだけリクルーティングに力を入れようと、本当に入部するかどうかまでは、わかりません。実際に入部したとしても、新入生のほとんどは即戦力ではないですからね。この1年だけのことを考えるなら、勧誘なんかしている暇があるなら、ちょっとでも練習しておけ。そういう話にもなってくるでしょう」

 森はこう念を押す。

「勧誘優先といっても、その都度、自分の頭で考えて、判断してほしいんです。入部の見込みが低い新入生の勧誘より、練習を優先させたほうがいい場合もあるでしょう。どうしても入部してほしい人材がいれば、勧誘の上手い部員にも練習を休ませて、一緒に勧誘しもいいでしょうし」

 ――――◇――――◇――――◇――――

 ウォリアーズの新入部員は、雑用を免除される。雑用は4年生がやると、2018年の4年全員で話し合い、決めていた。三沢と森が監督とヘッドコーチになるまで、雑用は1年生の仕事だった。1年生がやって当たり前だと見なされていた。

 雑用は4年という試みは、実は2018年の4年生が始めたものではない。始めたのは2017年の4年生、主将が遠藤翔で主務が川原田美雪の代だった。

「これってけっこう大変な決断だったと思うんです。雑用なんて誰もやりたくないでしょうし、前例のないことでもありました。私たちは1年間、1個上の代が試行錯誤を強いられる様子を間近で見てきたので、以前のやり方とどちらがいいか、そこから議論を始められました」

 川原田の後任として2018年の主務となった照真帆は、話をこう続ける。

「1個上の代が頭を悩ませた議論を、すっ飛ばせたのは、かなり大きかったと思います」

 蓄積が物を言うのは、何も雑用に限った話ではない。1個上の代がトライ&エラーを積み重ねてくれたおかげで、2018年の4年生はそれを踏まえて行動したり、選択したりできたのだ。雑用は引き続き4年生がやることにした。

「元に戻すという選択肢もゼロではなかったです。私たちの代でTOP8に上がるためには、いちばんの主力となる4年がいちばん練習できたほうがいいのでは、という声もありました。でも、そうしてしまうと来年以降に続かないよね、という話になって。だから雑用は、私たち4年が全部やろうと決めたんです」

 話し合いを重ねて決めたのは、それだけではない。より根本的な指針を、まず打ち出した。

 この先、ウォリアーズが日本一になるためには?

 すべての基準をそこ、つまり日本一に置くべきだ。今年TOP8に昇格するためではなく、未来を見据えて日本一のチームに相応しい土壌を作っていくと決めたのだ。日本一になるためには、少なくともTOP8に昇格しておかなければならない。当然、昇格も大きな目標だが、近視眼的になってはいけない。4年生が雑用を引き受けるのも、日本一という基準に照らしての判断だった。

 ――――◇――――◇――――◇――――

 ヘッドコーチの森は2018年の春から夏に向けての練習を通して、変化の兆しを感じ取っていた。アフターと呼ばれる居残り練習を見ていると、部員たちがどのような意識で、どのくらい考えながら取り組んでいるか、伝わってくる。

 1年前の、つまり2017年のその時期の居残り練習は、それこそ生産性の低い企業の残業風景を連想させるものだった。上司がまだ働いている間は退社しづらく、仕事もないのにデスクにへばりついている。そうした様子の選手も中にはいたからだ。

 部員からは、アフターをだらだらやるのが嫌だとか、自主練なのに半ば強制の意味がわからないだとか、そのような声も聞こえてきた。

「居残り練習は、必要としているヤツが、必要なだけやればいい。本当はそういう話です。もし何か事情があるなら、例えば翌日のテスト勉強をしておきたいとか、次の日に1限目の授業を取っているとか、もしくは疲労がたまっているという理由でも、さっさと上がればいい。逆に、今のうちにこの課題をクリアしておかないと試合に出場できそうにないだとか、自分のプレーに不満だとか、それで居残り練習が必要だと思うなら、残ってやればいい。その時間を使ってウエイトをやるヤツが出てきたっていいですし、食事のために早めに上がるヤツがいたっていいわけです」

 要するに――。森は話をこうまとめた。

「ほとんどの部員が、よく考えていなかったんです」

 考えの浅さは、アフターに限った話ではない。

「ウチの選手はまだ下手くそなので、たくさん練習できるに越したことはないです。ただし、その日頑張ったせいで怪我をして1週間休むぐらいなら、腹八分目程度に抑えて翌週も練習できたほうがいいわけです」

 森の話はこう続く。

「それに練習自体が目標ではないわけです。達成すべき――日本一という――目標から少しずつブレイクダウン(分析・分解)して、今、何をやるべきか、今日の練習では何が必要か、自分の頭で考える癖をつけていくことです」

 思考停止は個人の問題だが、同時に空気の問題である場合も多い。今日は早く上がりますと気軽に言えない雰囲気や、自由に選択できない暗黙のルールができていると、新入部員はその空気に飲まれていく。

 それが毎年繰り返される。

 悪循環は、意識してどこかで断ち切っておかないと、そのまま続いていくだろう。だから――。

「大きな進歩だと思います」

 その日のアフターをじっと見つめながら、森は呟いた。

「ただ、まだまだですけどね。そもそもの基準が低かったわけですから」

※文中敬称略。

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Written by

株式会社EDIMASS 
手嶋 真彦Masahiko TEJIMA

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