「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第25話/全66話(予定)

 どうすれば、東大生のフィジカルを、できるだけ短期間で強化できるのか――。

 ウォリアーズのパフォーマンスコーチ、酒井啓介は、より緊密な連携や、双方向の対話が必要だと感じていた。

 そこで2018年1月から、「フィジカルミーティング」と銘打ち、連携・対話の場を設けるようにした。ヘッドコーチの森清之をはじめとして、ヘッドトレーナーの西田成美、学生トレーナーの代表者、栄養士の田中初紀、さらには選手の代表者が一堂に会し、月1回のペースで情報交換していく集まりだ。

<この人たちの考えを、もっとよく知っておかなければならない>

 パフォーマンスコーチの酒井が、そのように意を決していたのは、昨シーズンの反省からだった。フィジカルトレーニングの改善を急ぐあまり、学生トレーナーたちとの意志疎通が不十分だったのではないか。途中でそう気づいたが、気づくのが遅すぎた。

 酒井のやり方に、なぜ抵抗を示し、反発しているのか。

 学生トレーナーたちの言動の背後にある事情を十分に斟酌(しんしゃく)できていたら、いろいろ違っていたかもしれない。

<2017年のトレーナーチームには、申し訳ないことをした>

 酒井はそのように思っているからこそ、2年目の2018年は連携していく人たちの話にしっかり耳を傾け、さまざまな視点のさまざまな意見を吸い上げて、トレーニングの戦略に反映させていくと誓いを立てていた。

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 パフォーマンスコーチとトレーナー、さらには理学療法士の役割分担を、ここで整理しておこう。

 選手が怪我をした場合、ドクターによる治療を経て、まず日常生活に支障のないところまで機能を回復するための支援をするのが理学療法士の役割だ。理学療法士はフィジオセラピストとも呼ばれ、怪我人が取り組むリハビリテーションのメニューを組み立てたり、リハビリの動作を指導したりするだけでなく、痛みを軽減させ、機能の回復が進むように、筋肉をほぐしたり、癒着を剥がしたりといった治療も施す。

 怪我によるマイナスがゼロまで戻り、日常生活に支障がなくなれば、トレーナーの出番となる。プロのトレーナーはリハビリのメニューを組むだけでなく、治療もする。どこまでが理学療法士の領域で、どこからがトレーナーの領域か、その線を厳密に引くのは難しい。

 トレーナーとパフォーマンスコーチの役割分担は、怪我をした選手がスポーツをやっていた状態まで戻す支援をするのがトレーナーで、状態をそこからさらに上げていく支援をするのがパフォーマンスコーチといった線引きができる。原則として、トレーナーの西田はフィジカルトレーニングに口を出さず、パフォーマンスコーチの酒井はリハビリテーションに口を挟まない。

 月1回のフィジカルミーティングには、栄養士の田中初紀も参加する。日々の食事の重要性は、どれだけ強調してもしすぎることがない。栄養をきちんと取り、怪我をしにくい身体を作り、実際に怪我をしなければ、ドクターの世話にならなくて済む。

 田中は食事の質と量だけでなく、睡眠や休息によるリカバリーにも気を配る。練習の前後に栄養と休養をしっかり取れたら、身体を大きくしやすくなり、怪我もしにくくなるからだ。つまり「ニュートリション」を担当する田中もまた、フィジカルとメディカルにまたがる領域に関わっている。

 パフォーマンスコーチはフィジカルの強化を、ヘッドトレーナーは怪我の予防と怪我人の回復を、ニュートリション担当は栄養摂取とリカバリーを主に受け持つが、それぞれの仕事がそれぞれの仕事に影響を及ぼすので、しっかり連携を取っておいたほうが相乗効果は高くなる。その意味で2017年に足りなかったのが、情報交換の頻度であり、情報共有の質と量だった。

 パフォーマンスコーチは、フィジカルコーチやストレングスコーチと表現したほうが、その任務をイメージしやすいかもしれない。フィジカルトレーニングの安全かつ効果的なプログラムを組み、それを正しく選手に遂行させるといった「フィジカルの強化(ストレングス)」を専門分野とする指導者だ。

 そのフィジカルコーチ、もしくはストレングスコーチを、ヘッドコーチの森があえて「パフォーマンスコーチ」を呼んでいるのは、もちろん意味がある。

「どれだけ重たいバーベルを挙げようと、どれだけ速く走れるようになろうと、やるのはアメリカンフットボールです。フィールド上のパフォーマンスに結びつかないトレーニングには、意味がありません」(森)

 ベンチプレス150kgや100m走11秒フラットというような数値化できるパワーやスピードも、アメフトに必要な動作の中で発揮できなければ、それは見かけ倒しで役には立たない。

「ウエイト場でやるトレーニングであろうと、フィールド上のパフォーマンスに結びつけなければいけません。その意識を学生たちがしっかり持てるように、フィジカルトレーニングの面倒を見てくれるコーチを、パフォーマンスコーチと呼んでいます」

 森が呼び方を変えたのは、「ストレングスコーチ→パフォーマンスコーチ」だけではない。学生スタッフの「アナライジングスタッフ→スチューデントアシスタント」という変更もまた、学生たちの意識を変えるためだった。

 実際にスチューデントアシスタントは、ただ対戦校のプレーを分析(アナライズ)しているだけではない。

 種々の分析を踏まえて、試合で使う攻撃と守備の作戦を練り、その完成度や精度を上げていくための練習のメニューを組み立て、練習の進行を管理する。

 練習のメニューごとに誰をどのポジションに入れるかを決め、トレーナーと情報を共有しながら、怪我人やコンディション不良の選手が出てくれば、臨機応変にメニューごとの参加メンバーを入れ替える。

 試合当日は、実際に使う作戦を決め、フィールド上の選手にそれを伝えもする。たしかにアナライジングスタッフという呼び方は、多岐に渡る任務のごく一部しか反映していない。

 スポーツエリートではない東大生がスポーツで日本一を目指すのだから、あらゆるポテンシャルを眠らせておくわけにはいかない。だから、コーチやスタッフの呼び名も変えるし、運動は基礎からやり直す。

 運動には36の基礎動作があるとも言われており、幼少期や小学生年代に遊びやスポーツなどを通して自然とそれを習得してきた人と、そうではない人の間には、運動神経や身体感覚に大きな違いが生じてしまう。

 東大のアメフト部には、スポーツ経験自体が少ない者もいる。子供の頃から机に向かう時間が長かったせいで、運動神経や身体感覚が鈍いままだったり、悪くすると猫背のように姿勢が悪くなっていたりで、努力の割には成果が出にくく、怪我をしやすい身体になっている部員も少なくない。

 私学の強豪とは、そこからして違う。ウォリアーズが倒さなければならないのは、「小さな頃から駆けずり回っていたり、ちゃんとしたコーチについて、いろんなスポーツをやっていたり」(森)する、スポーツエリートたちなのだ。

「基礎動作を身につけている学生は、たくさん練習してもあんまり疲れないですし、怪我もしにくいので、その分、練習を蓄積できるんです。それと比べると、東大生はこの程度の練習で、なんでこんなに怪我が多いの、なんでそんなにすぐ疲れちゃうの、という感じですから」

 だからこそ、急がば回れ、だ。ウォリアーズの選手は2年生以上も、かなりの割合で身体操作性の向上を狙った練習に取り組んでいる。そこから手を付けておかないと、4年間トータルの練習量が減ってしまう。

 練習量は、多ければ多いほどいいわけではない。しかし、絶対量が少ないままだと、できることは限られてくる。それでは私学の強豪には対抗できない。

 このように長期的なスパンで先を見越しつつ、2018年は2018年で公式戦に向けた準備も進めていかなければならない。秋の本番までにフィジカルをどう作っていくか、年間を貫く方針は森が立てるが、具体的なトレーニングのプログラム作りは、パフォーマンスコーチの酒井が一任される。2018年は「もっとタフに」というのが、森のリクエストだった。筋力も、持久力も、もっとタフに――。

 フィジカルミーティングには、学生も参加する。酒井と同じく、強い決意を胸に秘め、最初の集まりに臨んでいたのが、新4年生の川西絢子(あやこ)というトレーナーだった。

※文中敬称略。

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Written by

株式会社EDIMASS 
手嶋 真彦Masahiko TEJIMA

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