「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第20話/全66話(予定)

 東大アメフト部のヘッドコーチに就任して1年目の森清之は、手応えらしい手応えがほとんどないまま、2017年秋の公式戦を迎えていた。1月の就任当初から優先させてきたのは、より安全にアメフトをプレーするための「ヘッズ・アップ・フットボール」をいかに浸透させていくかであり、そのもっと手前の意識改革でもあったので、試合に勝つための具体論にはなかなか踏み込めないままだった。

 森のジレンマは徐々に強くなっていく。安全はもちろん最優先で、思考停止に陥る部員たちに粘り強く言葉を掛ける一方で、アメフトのフィールド上で結果を出さなくていいわけではないからだ。何らかの結果がついてこないと、本当にこのままでいいのかと部員たちが疑心暗鬼となり、本気の度合いが下がれば、改革のスピードも落ちてしまいかねない。そこで8月以降は、改革と結果を両立させるための突貫工事に移行した。9月になれば本番の公式戦が始まるので、たとえ見切り発車でもそうするしかなかった。

 2016年の暮れに代替わりした時点で、比較的粒揃いだった4年生がごっそり抜け、ウォリアーズの戦力は明らかに落ちていた。そこから力を伸ばしてきたとはいえ、どこまでやれるかは蓋を開けてみなければわからない。

 実際のところ、どうなのか――。森自身も確信を持てぬまま、9月10日の初戦を迎える。対戦相手は2部からBIG8に昇格してきた桜美林大学だ。昇格組とはいえ力はあり、春のオープン戦では東大が力負けしていた。しかしそこから、五分五分くらいのところまでは盛り返していると森は踏んでいた。

 桜美林戦は夕刻17時に始まった。場内が大きく沸くのは、キックオフから間もなくだ。最初のキックオフリターン。自陣の深い地点で楕円球をキャッチした東大の荒井優志が走り出し、あれよあれよという間に敵陣に侵入すると、そのまま走り続け、いきなりタッチダウンを奪ってみせるのだ。実に99ヤードの快走だった。

 トライフォーポイントで1点を加え、ディフェンスのビッグプレーもいくつか飛び出し、勢いに乗った東大は第1クオーターにタッチダウンをもうひとつ加えて、そのまま前半を14-0で折り返す。

 後半も東大の得点が続く。まずはパントブロックからボールをリカバーすると、そのままエンドゾーンまで走り抜き、キックも決めて21-0。その直後にはロングパスを通してこの試合4つ目のタッチダウンを奪う。その後フィールドゴールも決まり、第3クオーターを終えて31-0と勝負を決定づけた。第4クオーターも、東大がインターセプトからそのままタッチダウンに持ち込み、最後の2分でタッチダウンを2つ返されたとはいえ、38-14というスコア以上の完勝だった。

 2週間後の東海大学戦も同じような試合経過を辿る。東大が先制し、追加点を奪い続け、第4クオーターの途中で勝負ありの24-0とした。試合終了間際にタッチダウン2つを返されるところまで、桜美林戦と同じだった。

 東大の連勝はそのまま4まで伸びる。10月7日の一橋大学戦は0―3からの逆転勝利で、10月22日の東京学芸大学戦は14-6というロースコアゲームを制してみせた。

○東京大学 38ー14 ●桜美林大学(2016年は2部Bブロック1位◇)

○東京大学 24-14 ●東海大学(2016年は2部Aブロック1位◇)

○東京大学 27-3 ●一橋大学(2016年は2部Bブロック2位◇)

○東京大学 14-6 ●東京学芸大学(2016年はBIG8で5位※)

※=入れ替え戦に勝利してBIG8残留

◇=入れ替え戦に勝利してBIG8昇格

 4連勝と結果こそ残していたが、森には懸念があった。怪我による選手の戦線離脱が続いていたからだ。

「初戦はあの時点でできる最高のゲームだったと思います。桜美林は、普通に戦えば力は自分たちのほうが上だと思っていたでしょう。それがいきなりリターンタッチダウンを決められて、パントブロックされたり、インターセプトもされたりで、いつの間にか大差をつけられていた。焦りも出てきて、本来の力を発揮できないまま、気づけば挽回不可能な時間になっていたのだと思います。経験不足が響いて、自滅したところもあったでしょう。逆に、僕らは力を出し切った。何よりも選手がいいプレーをしてくれたということです。2戦目の東海大戦も同じで、その意味では偶然の勝利でもなんでもなく、地道に続けてきた練習の成果をきちんと出せました。持てる力をたまたまいい巡り合わせで出せたり、相手のミスも重なったり、その意味で100%実力ではなかったですけど、部員たちの頑張りがあり、少し運も良かったのだと思います」

 森の分析はこう続く。

「客観的に見ると、2017年のBIG8はわりと団子レースで、東大の力は真ん中か、中の下ぐらいだったと思います。桜美林がいちばん強くて、2戦目からはちょっと力の落ちる3チームとの、東大が取りこぼしちゃいけない試合が続きました。5戦目以降の残り3試合は同格か、やや格上との対戦だったので、もちろん東大が勝つチャンスはどの試合にもあったはずですが、4戦目までに試合をしながら力を蓄えておかないと、残り3試合はしんどくなると思っていました。ところが4戦目までの下位との試合で怪我人がちょこちょこ出てきてしまって、思っていたようには力が上がってこなかったんです」

 残り3試合は国士舘大学(2勝2敗)、駒澤大学(2勝2敗)、横浜国立大学(4勝0敗)との対戦だ。国士舘が4連勝中の東大を警戒してくるのはわかりきっている。駒澤大も横国大も油断はしてこない。どんどん厳しい戦いになっていくと森には当然予想がついていた。

 その一方で東大は、余裕を持って快進撃を続けていたわけではない。実力的には東大が優位だったはずの下位との3試合で複数の怪我人を出していた。第4クオーターの失点がかさんでいたのは、怪我人の戦線離脱が響いて、戦力を落としていたからでもあった。記録を見てみると、東京学芸大戦までの4試合で記録した37失点のうち、実に34失点を第4クオーターに喫している。

第1クオーター 3失点/48分※

第2クオーター 0失点/48分※

第3クオーター 0失点/48分※

第4クオーター 34失点/48分※

※=12分×4試合

 試合は1クオーター12分制なので、第3クオーターまでは計144分で3失点しか喫していない。ところが第4クオーターは計48分間で34点を奪われている。1失点に要した時間は第3クオーターまでの48.0分に対し、第4クオーターは1.41分ごとに1失点を喫していた計算だ。

 第4クオーターの失点がかさんでいたもうひとつの理由は、対戦相手にアジャストされていたからだと森は振り返る。

 アサインと呼ばれる作戦を試合中どう使っていくか。その見通しを事前に立てておくゲームプランは、オフェンスでは相手の弱みを突けるように、ディフェンスでは相手が強みを出せないように組んでおく。組んでおいたゲームプランが実際に機能していれば、オフェンスは前に進み続け、ディフェンスは攻撃権の更新を許さずに済む。しかし、対戦相手が東大のゲームプランに適応してくれば、アサインの出し方を変えざるをえなくなる。この適応がアジャストだ。ウォリアーズの失点が第4クオーターに急増するのは、対戦相手のオフェンスが東大のディフェンスにアジャストしていたからでもある。

「要するにねじ伏せるだけの力がなかったということです」(森)

 チーム全体の経験不足や、メンタルの強い中心選手の不在など、思い当たる理由は他にもある。東大には付け込む隙がまだまだ大きい。そして迎えた5戦目、11月4日の国士舘戦で、メンタル面の未熟さを露呈してしまう。

「立ち上がりに大きなミスが出て、萎縮してしまいます。相手の攻撃がなかなか止まらなくなり、途中からこのままではまずいと力を出せなくなりました。最初は少し相手に硬さもあったんですけど、これは行けるとなってからは好循環でのびのびできるようになり、こちらのほうが先に折れてしまった格好です」(森)

 東大は7点を先制するも、すぐに追いつかれ、第1クオーターを14-14のタイスコアで終える。しかし第2クオーターで逆転されると(17-27)、第3クオーターで突き放され(17-34)、結局7つのタッチダウンを許すなど、24-53の大敗だった。

「一人ひとりのスキルレベルだったり、経験だったり、メンタルの部分だったり、総合力で相手が上でした」(森)

 前節までに2敗と追い込まれていた国士舘がいい意味で開き直り、思い切りよく持てる力を出した結果、実力以上に点差が開いてしまったと森は言う。

「試合に勝ったからといって、急に実力が上がるわけではない。それと同じで負けたからといって、急に弱くなるわけでもない」

 森が部員たちにそんな言葉を掛けたのは、この大敗を引きずって自信喪失に陥らないようにするためだ。

「伸びていた鼻をへし折られた感覚が、とくに若い選手にあったと思うんです」

 チャレンジマッチと呼ばれるTOP8との入れ替え戦には、BIG8の上位2チームが進出できる。5試合を終えて、1位が横国大(5勝0敗)、2位は東大(4勝1敗)、3位タイで桜美林と国士舘と東海大(3勝2敗)が並んでいた。東大は怪我人をさらに出してはいたが、次節に6位の駒澤大(2勝3敗)から勝利を奪えば、チャレンジマッチの出場権獲得へと大きく近づく。森は部員たちが気持ちを切り替えられるように、こう言った。国士舘に勝っていたとしても、やることは変わらないはずだ。きちんと反省し、修正できるところは修正して、準備していこう。

 続く6戦目、11月19日の駒澤大戦は、しかし悔いを残す試合となる。力は拮抗しており、第3クオーターまで10-7の僅差ではあったが東大がリードを奪っていた。ところが――。

「大きかったのは怪我人の影響だと思います」

 監督の三沢英生は、悔しさを隠しきれない様子でそう振り返る。

 ヘッドコーチの森に全幅の、すなわち100%の信頼を寄せている三沢は試合中、口出しを一切しない。サイドライン際でおとなしく戦況を見守り、フィールドに出て行く選手には激励の言葉を、戻ってきた選手にはねぎらいの言葉を掛け、緊張している選手やスタッフの硬さをほぐし、隣にいるディレクターの関根恒と会話することで、自身の緊張をほぐそうと試みる。その三沢の形相が駒澤大戦ではどんどん険しくなり、第4クオーターの途中からは天を仰ぐ仕草も増えた。残り8分50秒で逆転されると(10-14)、残り3分58秒で突き放され(10-21)、直後の東大はファンブルで攻撃権を失い、最終的には10-27で試合を終えた。27失点中20失点を第4クオーターに喫している。

 森にとっても、これは悔やまれる敗戦だった。

「第4クオーターの途中に、選手たちがまた負けるんじゃないかと疑いだして、自滅した部分がありましたから。国士舘と比べると駒澤のほうが力は劣っていたと思いますし、東大との実力差もなかったと思います。終盤にひとつかふたつ出てしまったクリティカル(致命的)なプレーがなければ、勝てた試合でした。怪我人が多かったのは事実ですが」

 6節を終えて、横国大が5勝1敗で首位の座を守り、東大、桜美林、東海大、国士舘の4チームが4勝2敗で並ぶ大混戦となっていた(駒澤大は3勝3敗、東京学芸大と一橋大は0勝6敗)。最終節のカードは東大-横国大、東海大-桜美林、駒澤大-国士舘で、駒澤大を除く5チームにチャレンジマッチ出場(上位2チーム)の可能性がある。東大は最低でも、横国大に勝たなければならなかった。

 勝利が必要な理由はそれだけではない。負ければ4勝3敗となり、5位以下に落ちてしまいかねない。5位以下は2部との入れ替え戦を余儀なくされる。横国大戦は、TOP8昇格を懸けた戦いであり、2部降格を回避するための戦いともなっていた。

※文中敬称略。

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Written by

株式会社EDIMASS 
手嶋 真彦Masahiko TEJIMA

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