「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第16話/全66話(予定)

 2017年春のオープン戦開始からしばらく経ったその日、主将の遠藤翔はオフェンスコーディネーターの髙木万海と膝詰めで話をしていた。髙木は2008年から11年までウォリアーズの選手だった部のOBで、12年は留年してコーチを務め、13年の東大卒業後は三菱商事で働いていた。商社の仕事をしながらIBMビッグブルーで1シーズンだけプレーすると、14年からウォリアーズに戻り、週末だけの社会人コーチを担ってきた。

 遠藤はこわばった表情のまま意を決すると、髙木に訴えた。

「全体ミーティングに、戻らせて、もらえませんか……?」

 ウォリアーズはその時点では、春のオープン戦で1勝もできずに負け続け、オフェンスコーディネーターの髙木は危機感を募らせていたのだろう。主将の遠藤を含めたオフェンスの4年生全員を全体ミーティングから外すという荒療治を施していた。髙木が残していたのは「君たちにはミーティングより、他にやらなきゃいけないことがある」という言葉だけで、外された遠藤たちはその真意をはかりかねていた。

 遠藤と同様に髙木も口数の多いほうではない。ただ、それとなく髙木から言われたことはある。本気で勝とうとしているようには見えないと。遠藤にそう言ったのは、髙木だけではない。

「今のお前ら、自分らでは本気のつもりかもしれんが、そんなのぜんぜん本気やないぞ」

 ヘッドコーチの森清之には何度もそう言われていた。遠藤には返す言葉がひとつもなかった。春のオープン戦はチーム全体が、とくに遠藤を含めた4年生のプレーがうまくいかず、結果も出せないままだった。

 混乱していたのは間違いない。

 前年までとの大きな違いは、大きなビジョンや理念の有無だ。16年度までの、つまり遠藤が3年までのウォリアーズにあったのは、アメフトで大学日本一になるという“目標だけ”だった。しかも、それは実現できる可能性が無きに等しい、非現実的な目標でしかない。スポーツエリートだらけの並み居る私学強豪に、東大入学時はアメフトの素人集団だったウォリアーズが、どうやって立ち向かい、どうやって勝ち続けるか、その具体的な方法論を欠いていた。

 新監督の三沢英生が「未来を切り拓くフットボール」という理念を打ち出し、新ヘッドコーチの森がその理念を具体的な指導に落とし込んでいく。

 新主将の遠藤は三沢と接する機会が多く、生真面目な性格も手伝い、この理念を自分の代から体現していくには、どうすればいいか、必死に考えた。森から突き付けられていた思考停止という指摘にも思い当たる節はあり、どうすればそこから抜け出せるか、考えなければならなかった。振り返ると、こうも思える。

「頭でっかちになっていたのかもしれません」

 良い組織とは、どんな組織なのだろうか。遠藤はよく考えていた。しかし――。

「アメフトで勝つための良い組織、アメフトが上手くなるための良い組織を目指さなければいけないのに、肝心の『勝つ』『上手くなる』に意識が向いていなかったのかもしれません。とくに春の段階では」

 例えば、部内のルールだ。できるだけ部内のルールを減らすことにしたのは、部員一人ひとりに自分の頭で考えてもらうためだった。ところがルールを減らしたせいで、余計な時間や労力が必要になる。

 5分前集合というミーティングの約束事をなくすと、遅刻する部員が出てくるようになる。そうした事態を改善するための場を設けると、延々と話し合いが続く。しかし、遠藤たちの時間は限られている。

「僕ら4年は、どんどんリミットが迫っているわけです。もしかすると、ある程度はルールを作って、いかに勝つかにもっとフォーカスする。そんな割り切り方をしていても、悪くなかったのかもしれません」

 理念の浸透には時間がかかる。森は自分自身の学生時代を思い起こす。

「学生時代の僕らだって、急に理念と言われていたら、だから? という反応を示していたのではないかと思います」

 もちろん、ウォリアーズの部員のなかにも、打ち出された理念に共感し、ロマンのような魅力を感じる者もいただろう。

「だからといって――」

 森は首を横に傾げながら、話を続ける。

「ガラッと取り組みが変わるわけではないですよ。理念のような原理原則はことあるごとに、具体的などこと、どう結び付いてくるか、学生たちに気づかせていかなければなりません。理念の文言を暗記しておけばいいわけではなく、いちいち意識して理念に沿った行動を取っていればいいわけでもない。もっと深い潜在意識に定着させていかなければならないので、やっぱり時間はかかりますよ」

 もしかすると、と遠藤は思う。それがカルチャーなのかもしれない。

「森さんが大事だとおっしゃっているチームの文化、カルチャーをもう少し噛み砕いて言葉にすると、当たり前の基準、合格最低点のようなものではないかと思います」

 低い水準が当たり前になっていたら、それを急に上げるのは難しい。結局、2017年春のオープン戦は、このような結果に終わる。

●東京大学 3-17 ○桜美林大学(2017年度は両校とも関東1部下位のBIG8所属)

●東京大学 0-34 ○明治大学(2017年度の明治大は関東1部上位のTOP8所属)

●東京大学 0-35 ○京都大学(2017年度の京大は関西1部所属)

●東京大学 7-39 ○中央大学(2017年度の中央大は関東1部上位のTOP8所属)

○東京大学 24-20 ●防衛大学校(2017年度の防衛大は関東3部所属)

 最後にひとつだけ白星をあげているとはいえ、対戦相手は関東3部に所属する格下の大学だった。関東1部上位のTOP8と関西1部の計3チームにはまったく歯が立たず、中央大戦の事実上勝負が決まっていた第4クオーターに、なんとかタッチダウンを1つ返しただけだった。それはそうだろう。相手をリスペクトしすぎていたら、勝てるわけがない。森は試合中、ヘルメット越しに見えるウォリアーズの選手たちの顔つきから、チーム全体の雰囲気も察している。

「それはわかりますよ。相手の選手を、ああ、こいつらすげえなと思っているのは。リスペクトしすぎているうちは、目の前の相手を本気で倒そうとは思えません。本気で倒そうと思えなければ、日々の練習を頑張って、追いつけ、追い越せともなりません。具体的に勝利をイメージできる相手は、同じBIG8のチームか、せいぜいチャレンジマッチ(入れ替え戦)で当たるTOP8の下位までです」

 そうした卑下は、練習にもあらわれる。

「いい練習をしているつもりではいるんです。でも、その時点での水準が知らず知らずのうちに出てしまう。お前ら、ぜんぜんレベル低いよと僕が指摘しても、ピンときません。レベルが低いのはわかっていても、僕の思っている低さと、彼らの思う低さがぜんぜん違っているからです」

 遠藤たちの代に可能なのは、TOP8昇格を果たすところまでだ。森はその事情を当然承知したうえで、次のように求める。

「目標の日本一まで行くつもりなら、スタンダードをまずはTOP8で優勝争いができるところまで上げなくてはなりません。スダンダードもカルチャーの一部です。そういうカルチャー、文化を作っていこうと、僕は手を替え品を替えいろんな話をしますけど、すぐにはわからないですよね」

 春のオープン戦が1勝4敗という結果に、森はまったくこだわっていなかった。しかし、部内の小さな亀裂は少しずつ深まっていた。

※文中敬称略。

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Written by

株式会社EDIMASS 
手嶋 真彦Masahiko TEJIMA

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