「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第12話/全66話(予定)

 東京大学アメフト部の新監督に就任した三沢英生の所信表明が、部の公式フェイスブックに投稿されたのは2017年2月22日。熱い思いが溢れ出すような文面だ。

私たちのミッションは「日本一」であり、日本一を目指すにあたってのメソッドは「世界標準」です。その礎として、私は東大フットボールが掲げるべき理念を以下のように定めました。

「未来を切り拓くフットボール」

(中略)

東大フットボールが最高の指導者と最高の環境、そしてこの「未来を切り拓く」という理念のもとに一致団結し、切磋琢磨し、チームそのものが生まれ変わったかのごとく改革が断行される。勉強はもちろん、スポーツもでき、強靭な精神力と共に弱者へいたわりの心を持ち、突き抜けるような爽やかさを持つ若者が次々と輩出される。そんな東大フットボールの未来を夢に描いております。

(中略)

改革に向けたより具体的なチーム方針を以下、3つに定義いたします。

「挑戦」………………前人未到に挑み続ける

「正義」………………善に立ち、秩序の原点となる

「謙虚」………………無知の知を知る

挑戦とは、言い変えると「恥ずかしいこと」です。失敗したくないという現代の東大生気質をぶち破るだけでなく、前人未到に挑戦し続ける逞しさを身につけます。

正義とは、「本当に正しいことは何か」を追求し続けることであり、局所的で利己的な正義が世界を不幸に導いたことは誰もが知る事実です。生涯を通じて善に立ち続ける意志と思考力を身につけます。

謙虚とは、自分は「知らないことだらけ、できないことだらけ」であることを知ることです。東京大学に入学したことはゴールではなくスタート地点、東大フットボールでは生涯成長を目指し、他から学び続ける感性と意欲を身につけます。

私は、学生たちがフットボールを通じてこれら「挑戦」「正義」「謙虚」を理解し、体現することで、国費が多く投入されている国立大学生として、責任を背負う器の大きな人格と行動による真の誇りを手にしてほしい、そのように思っております。東大フットボールが、恥も外聞もなく、もがき、苦しみ、魂をぶつけ合い、真の友情を手にし、文字通り自己研鑽の場となること。結果として、公共心に満ちた国家を背負うような、そして世界をけん引するようなそんな「真のエリート」が自律的に育っていく場となること目指したいと思っております。

 理念を打ち出す前に、三沢は何度も確かめた。

「これだと違和感、ありますかね?」

 三沢のいわば三顧の礼に応じるかたちで、ウォリアーズの新ヘッドコーチに就任したばかりの森清之は、理念の草案にはきちんと目を通す一方で、理念作りそのものは三沢に任せていた。京大出身の森にとって東大は文字通りの新天地であり、ウォリアーズの歴史や文化をよく知る三沢に、そこは一任すべきと考えてのことだった。

 森が最初からしっかり関わり、議論を深めておかなければならないのは、ウォリアーズの戦い方だった。アメフト日本一を見据え、まずは甲子園ボウル出場を目指していくうえで、まだ弱者にすぎない東大は、どのように戦いに臨むべきなのか――。

 森と三沢の意見は、完全に一致した。

 正々堂々、真っ正面から勝ちに行く。

「未来を切り拓くフットボール」という理念に照らせば、監督とヘッドコーチが正々堂々、真っ正面から勝ちに行こうと、覚悟を持って学生たちを導いていくのは当然のことだった。

 どれだけ格上の、どれだけ強い相手であろうと、真っ正面からぶつかり、正々堂々と勝とうとする。そのような向き合い方をするからこそ、日本一を目指していくプロセス自体の意味や価値が高まり、高まった意味や価値が未来を切り拓いていく力になる。

 森とのやりとりは、早くも三沢を感動させていた。

「森さんの話を聞いていると、そもそも小賢しいやり方で勝とうなんて、少しも思っていないわけです。それはそうです。これは“挑戦”なんですから」

 森への絶対的な信頼には、当然ながら所信表明でも触れている。

理念や思いが土台であるとすれば、母屋はあくまでも「どういうフットボールをするか」ということになります。現代のフットボールにおいて「日本一」という目標を標榜する上で、私のような「イチOB」がフットボールの指導者では、逆立ちをしてもこの目標は達成できません。私はあくまでもGM的な動きとしての監督のイメージを持っており、そのために「真のコーチ」を招聘する必要がありました。そんなイメージを形にするにあたり、私には「真のコーチ」は一人の人しか思い浮かびませんでした。それが日本代表を率いた森清之ヘッドコーチです。フットボールのコーチとしての実績、実力は誰もが知るところですが、私ごときが評価するのも甚だ恐縮ではございますが、人格が何よりも素晴らしいことが招聘に当たる最大の理由です。「挑戦」「正義」「謙虚」そして「未来を切り拓くフットボール」をフィールドで表現できる人は日本においては森コーチしかいないと私は思っております。森コーチの招聘にあたり、森コーチご自身はもちろんのこと、数々の人々、OBの方々のご尽力をいただきました。この場をお借りして心から感謝を申し上げさせてください。本当にありがとうございました。

 三沢がフルタイムのヘッドコーチ招聘にこだわったのは、安全対策を万全なものとしていくためでもあった。アメフト日本一を本気で目指していくには、厳しい練習がどうしても必要になってくる。厳しい練習を心置きなく追求していくためには、安全に取り組める環境が不可欠だ。ヘッドコーチにはフルタイムで常駐してもらいたい。三沢の所信表明はこう続く。

森コーチのほか、ストレングス、メディカル各担当コーチの3人がフルタイムで指導に当たるなど、安全対策にも万全を期す所存です。「死んでも甲子園に行きたい」。かつてはこのようなことを口にする選手もいたかと思いますが、死んで良いはずがありません。東大フットボールのメンバーが真に躍動する舞台は、学生時代より遥かに長い卒業後の社会です。そのための準備期間であるグラウンドの内外では、部員の安全確保を最優先事項として改革に取り組みたいと思います。

部員が日々最大限のパフォーマンスを発揮できるように、部室やグラウンドなど設備の見直しにも着手しています。目指すべき環境も世界基準です。つまり、スポーツをリードする米国の全米大学体育協会(NCAA)強豪校に匹敵するような素晴らしい環境をスポンサー企業の皆さま方と、そして私たちの活動に賛同いただける方々のご支援を賜り、実現したいと思います。いずれは米国の大学のようにキャンパス内に専用のスタジアムを持ち、ホームアンドアウェイ制度を実現、多くの学生やOB・OGの皆様方の応援を背に戦いたい、との夢も抱いています。

 長文の所信表明は次のように結ばれる。

東大フットボールがこの夢のような物語を実現し、現役学生を含め、東京大学に関係されている皆さま方、そして既に各分野で活躍されている多くのOB・OGの皆さま方に少しばかりの共感をいただけるよう、尽力するのが私の役割だと思っています。願わくは、皆さまのお持ちになっている東京大学への思いを熱烈なる母校愛に変え、声高らかに東大フットボールを応援いただきたいのです。イエール大学やスタンフォード大学のOB・OGと同じように、胸を張って堂々と「東大愛」を語って欲しいのです。

そして、その共感の波紋は限りなく広がり、東大フットボール、そして東京大学は日本中の方々に力を与えるとともに、愛され、慕われるチーム・大学でありたいとも願っております。その先導役として、東大フットボールはがむしゃらに、外連味なく、強豪校に正々堂々と立ち向かいます。皆さまに「夢」や「勇気」など共感・感動の源泉となる姿をお見せしたいと思っております。ご支援、ご声援、叱咤激励、すべて受け入れる覚悟で、学生と共に頑張ってまいる所存です。

                               三沢 英生

 こうして賽(さい)は投げられた。三沢は森というこの上ない同志を得て、“ルビコン”を渡ったのだ。

 三沢と森の新体制1年目から、チームが空中分解の危機を迎えてしまうとは、この時はまだ誰も知らなかった。

※文中敬称略。

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Written by

株式会社EDIMASS 
手嶋 真彦Masahiko TEJIMA

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