「弱い。だから挑むんだ」 東大アメフト部 大学日本一への挑戦 第3話/全66話(予定)

 腹を括りウォリアーズの監督を引き受けると決めた三沢英生は、間髪容れず理念作りに取りかかる。大学は高等教育機関であり、優れた人材を育成する場所だ。東大で大学4年間アメフトに打ち込み、至難の日本一を目指すのは、その先に真の目的があるからであり、全員でその目的を共有できる理念を必要としていた。

 理念作りに加わったウォリアーズのOBに、新監督の三沢(1995年度卒)を補佐するディレクターを買って出た関根恒(1994年度卒)と、アシスタントディレクターに就任した那須歩(2003年度卒)がいる。やはり気心の知れたクオーターバック担当コーチを務める田原謙一郎(1992年度卒)とも意見を交換しながら、緻密に理念を練り上げた。

チーム理念 「未来を切り拓くフットボール」

チーム方針 「挑戦 正義 謙虚」

 三沢が部の公式フェイスブックに投稿した「所信表明」から、理念について記した箇所を抜粋する。

私たちのミッションは「日本一」であり、日本一を目指すにあたってのメソッドは「世界標準」です。その礎として、私は東大フットボールが掲げるべき理念を以下のように定めました。

「未来を切り拓くフットボール」

東京大学の個性とも言えますが、東京大学には明確な「建学の理念」がありません。しかしながらその「建学の目的」は誰もが推して知りうるものとも考えています。創立は1877年、開国直後の混沌とした当時の社会において、欧米に追いつき、追い越すために日本国中から有能な人材が集められ、師弟共々懸命な切磋琢磨を通じて、日本を改革・けん引するための人材育成・輩出を目的に設立されたのは明確な事実であると思います。つまり「未来を切り拓くため」優秀な指導者や学生が集められ、設立されたのが東京大学だったわけです。では、今はどうでしょうか。日本は一見豊かではありますが、グローバル社会において一人当たりGDPの落ち込みが顕著な上、少子高齢化という将来不安により停滞感や閉塞感に覆われているのが現実だと思います。そんな中において、我が東京大学も世界大学ランキングにおいて39位(Times Higher Education 2016-17)に甘んじているのが実情です。

東大フットボールが最高の指導者と最高の環境、そしてこの「未来を切り拓く」という理念のもとに一致団結し、切磋琢磨し、チームそのものが生まれ変わったかのごとく改革が断行される。勉強はもちろん、スポーツもでき、強靭な精神力と共に弱者へいたわりの心を持ち、突き抜けるような爽やかさを持つ若者が次々と輩出される。そんな東大フットボールの未来を夢に描いております。

 人として成長していくための手段が、アメフトだということだ。それぞれの部員が部活動を通じて、まずは自分自身の未来を切り拓いていくための土台を築く。やがて社会や国家の未来を切り拓いていくためにも、強靱な肉体と精神は必要だ。弱者へのいたわりの心を持った若者たちが、衰退しつつある日本を牽引し、変えていく。本気でアメフト大学日本一を目指すのは、さまざまな未来を切り拓いていくためなのだ。

 こうした崇高な理念を前面に押し出し、学生たちの指導を一任できるヘッドコーチは限られる。

「とにかく勝てばいいんだろ」

 そういう考え方のヘッドコーチを、三沢は求めていない。アメフトは人材育成の手段であると深く理解したうえで、現実的に日本一を目指せる指導力の持ち主が不可欠だ。

<あの人しかいない>

 監督を引き受けると決めた瞬間から、三沢には意中の人がいた。抽象的な理念を、日々の具体的な取り組みに落とし込み、粘り強く学生たちを導いていけるのは自分が知る限り、あの人だけだ。

 東大アメフト部の歴史は、結果だけで判断すれば、敗北を積み重ねてきた歴史でしかない。大学日本一を決める「甲子園ボウル」に関東の大学は8校が出場している。日本大学が最多の35回、法政大学が18回で続き、立教大学と早稲田大学が各6回、明治大学が5回、慶應義塾大学が4回、専修大学と日本体育大学が1回ずつだ。

 甲子園ボウル出場0回の東大が大学日本一にのし上がるためには、気の遠くなるような道のりが待っている。まずは関東での戦いを勝ち抜かなければならない。それだけでも至難だが、なんとか甲子園ボウルまで辿り着いたとしても、関西勢の分厚い壁が立ちはだかる。甲子園ボウル最多32回の優勝歴を誇る関西学院大学(関学)OBで、三沢と同期の山田晋三(1993年の甲子園ボウルを制覇)は次のように断言する。

「いくら三沢さんでも、そんなにすぐには勝てないです。これはもう絶対です」

 関学を筆頭とする私学強豪と比べると、東大アメフト部にはハンデがあまりに多い。私学強豪にはスポーツ推薦制度があり、付属校もある。高校までにアメフトを経験している、いわばスポーツエリートの新入部員が続々と入部してくる。一方の東大には、スポーツ推薦制度も付属校もない。最難関の入試を突破しなければならず、高校までのアメフト経験者は片手で数えられるほどの素人集団だ。

 三沢には不安があった。ヘッドコーチに是が非でも招聘したい意中の人物は、アメフトの世界では誰もが知っている名将中の名将なのだ。どんな三顧の礼でも断られる可能性は十分ある。仮にそうなれば、大改革は絵に描いた餅にもなってしまいかねない。

 三沢は所信表明の文言を吟味しながら、その人物と幾度となくコンタクトを取り、説得を続けていた。ウォリアーズのこの新監督が心底から惚れ込み、ヘッドコーチ就任を要請していたのが森清之だった。

※文中敬称略。甲子園ボウルの記録は2022年8月27日現在。

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Written by

株式会社EDIMASS 
手嶋 真彦Masahiko TEJIMA

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